いつも纏う黒い隊服よりも重苦しい黒に包まれた。白い肌の彼女はもう笑わない。冷たくなった横顔に百合を一輪。突然訪れた別れは時を止めるのには十分だった。
「…アーロ、スクアーロ!!」
「うおっ、!」
「寝るならベッドで寝なよ、風邪ひくよ?」
「なんだ、なまえかぁ」
「私で悪かったわねー」
「冗談だぁ、今何時だぁ?」
「朝の5時、任務から帰ってきたらソファでスクアーロ寝てるからびっくりしたよ」
「……オレもびっくりした」
「え?」
「お前が突然でけぇ声出すからなぁ」
「スクアーロにだけは言われたくない!!」
「そりゃそうかぁ、じゃあなぁ任務ご苦労。お前も早く寝ろよぉ」
自分より低い位置にある頭をわしゃわしゃと撫でた。そうか、もう日付が変わっていたのか。だから見たのか、あの日、君との最後の日を。
『じゃあ、行こうか。スクアーロ、帰ったらフレンチトーストね!』
『おう、約束だからなぁ』
『それにしてもスクアーロポーカー弱いんだね、頭良さそうなのに!ぷふ』
『うるせぇよ、おら行くぞぉ』
『はいはい』
『しくじんなよ』
『そっちこそ』
少しの沈黙の中、ねだるような瞳とかち合って仕方ねぇなと言いながら一度だけキスをした。あたたかいくちづけはそれが最後だった。
よくある話だ。そう思いながらもドアノブを引く手が僅かに震えた。
よくある話なんだろう。任務中に死ぬ話なんて。誰かを庇って死ぬ話なんて。
棺にはいった君をみたとき驚いたんだ。いつもよりきれいだったから。任務のあとは毎回ボロボロになってるのにきれいな白い肌を湛えて眠っていたから何も言えなくなってしまった。
引き出しを開けて一枚だけ撮った二人の写真を見つめる。君を忘れられないでいたらいつの間にか三十路を過ぎてしまった。新しい出会いがないわけではないけれど彼女を見ているとどうにも君が重なって、そんな風にしか見れないなら彼女を愛する資格はないなと思ったんだ。
最期の言葉は聞けなかった。でもきっと、君は『愛してる』なんて言わなかっただろう。なんて言ったんだろうな、最期の時君はこの世界になにを伝えていったんだろう。
「スクアーロ…」
小さな声と共に扉を開けたのはなまえだった。彼女もよく眠れない夜はこうして控えめにオレの部屋に来て同じベッドで寝ていた。
「どうしたぁ、眠れねぇのか」
「…………」
「なまえ?」
「…私ね、スクアーロのこと好きなんだ」
「急に、どうしたぁ」
「スクアーロはなんだかんだ私に優しくしてくれるでしょ、なんでかなぁ、私のことが好きだからだったらいいなぁって、思ったりもしたよ」
「…………」
「けど私、分かってるんだぁ。スクアーロが前の彼女のこと忘れられなくて、その人と私を、重ねてるってこと」
「……なまえ、」
「気づいてなかった?」
「………」
「気づかないふりしてただけでしょう?私もそうしてた。だけどだめなの、スクアーロには、私のことを、好きになってほしいの」
なまえは泣いてなかった。
本当のことを言い当てられて目を背けていたオレを真っ直ぐに見ていた。オレの方が泣きたくなった。
「なまえ、お前を辛い目に遭わせたくねぇ、笑っていてほしい。そう、思っている。」
「うん」
「でも、あいつの面影を重ねてるって言われて、否定できねぇ」
「うん」
「オレはあいつを愛している、あの時から、あいつが死んだときから動けねぇ」
「…うん」
「なまえ、」
「怖いの?」
『怖いんだ』そう言おうとして、一瞬躊躇った隙になまえが優しい声でそう言った。
あいつ以外の誰かを愛することが怖いんだ。あいつを裏切るようで、ひとりであいつが泣いてるようで。
小さく頷いて話すオレになまえが抱きついた。その小さな肩を抱こうかと、それでも腕はさまよう。
「私と一緒に進もう」
「なまえ…」
「死んだ人と生きてる人は違う。私と前の彼女さんは違う。スクアーロと前の彼女さんは違う。生きてる限り時間は止められないの、だから、一緒に進もう」
なまえの一言が腕を動かす。ようやく抱きしめられる。どれほど臆病だったんだろう。
「なまえ、ありがとう、なぁ」
「なに、急に、気持ち悪い」
ふふ、と照れたように笑うなまえは暖かい。冷たい彼女とのくちづけをゆっくりと解かしていく。
長い夢から醒めて僕は君と歩き出す
やっぱりスクアーロを殺せない私(笑)
130920
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