※現パロ





「泣きたいんだよ」
「いいよ」
 机の下でこっそり僕の膝に乗せられた手に手を重ねて、どうして泣きたいのか思い出そうとする。嫌なものなんて世界に何ひとつないように思える。
 世の中の何もかもが愛しくて仕方なくなるときがあって、全部に触れて全部を一番深くまで知って全部から愛されたい、たとえば夕日が沈んでからの虹色をした西の空だとか、いろんな場所にいる友人一人ひとりだとか、でもそれはもちろん叶わないことで、一度に視界に入るものはどうしたって限られている。自分の手の届く範囲のものごとだって知り尽くすことなんてできない。そう思うと、少し寂しくなる。

「別れようよ」
 そう言ったのはもう3週間も前のことだ。留三郎も、そうだな、とだけ呟いたのだけれど、その一瞬も置かずに僕は自分が泣いているのに気がついた。それから大泣きした。別れようと言ったのだって、何日も何日も考えて、いろいろとにかく我慢ならなくて、別れてやる、もう一生顔を見ることがなくたって清々するばかりだと思ってのことだったのに、どうにも涙が止まらなかった。
 苛立ちがいつの間にか消えてしまうのが嫌だった。苛立ちは苛立ちのまま、解消されるべくして解消されるべきなのであって、何かに当たるなり何なり。気づかないうちにどうでもよくなってしまうのが本当に耐え難いのに、でも消えてしまったら何をそんなに苛々していたのかも忘れてしまう。彼と一緒にいるとそんなことばかりだった。いろんなことがどうでもよくなってしまう。そんなのはダメだ、まったくもって不健全だ。
 毎晩、明日こそちゃんとさせようと思う。別れようと何回も口に出してみる。でも会って話すとそんなことはどこにも浮かんでこなくて、浮かんでこないことに気づくのも夜に一人になってからなのだった。一日を振り返ってみてひどく後悔し、一人で腹を立て、また明日こそ別れようと思う。価値観だって違うし気を遣うばっかりで、嫌なところはいくつでも挙げられる。なのになんだって離れたくないのかもわからない。現実が差し迫ったときに思い出すのは手の温度とか、ばかみたいに笑い合った記憶だとか、まるで自分が安っぽい映画みたいに思えてくる。戻れないし進めない。また一周しては同じ場所に戻って、歩き始めるのは足跡のついた道だ。





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2011/01/26
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