※ぬるいですが性描写あり





 二度目のキスをしたのは僕の部屋だった。彼はたびたび仕事帰りに僕の部屋に来るようになった。僕らの部屋は自転車で五分の距離だったことが判明し(それはそうだ)、コンビニから近いのは僕の部屋だったので、彼は寄るだけだったり、何時間か居座ったりした。お陰で白い袋の音をかさかささせてやってくる彼が、50メートル先にいてもわかるようになった。
 最初のうち彼は僕の教科書や本棚を興味深そうに眺めていたけれど、そのうち飽きたようで、持ち込んだ漫画を黙々と読んだり(漫画雑誌を置いていくので、部屋の隅に溜まっていく)、レポートをやるか本を読むかしている僕の横で寝たりしていた。彼は専ら聞き役で、僕はいろんなくだらないことを話す。
「和歌と短歌の違いを知っている?」
「さあ」
 とか、
「紫外線は本当に恐ろしいね」
「へえ」
 とか。
 彼は料理を作るのが上手かったので、夕飯を作ってくれることもあった。
 そして僕らはときどきキスをして、その延長で体をぺたぺた触り合い、舌を使ったりして(お互いを擦り合わせると驚くほど気持ちがよく、その実僕は驚いた)、それは猫同士がじゃれ合うみたいな気軽さだった。本当に。笑いながら、あかるい蛍光灯の下で。最後までしたことはなかった。
 去年別れた彼女がよりを戻したいようなことを言ってきているのも、まるで興味がなくなってしまった。留三郎は、友達のような恋人のような、友達だと思っていた。

 びっくりするほど暑い日だった。5限が休講だったので、帰るころは西日だったとはいえ太陽と遭遇してしまい、アイスを買って帰る気力もなく部屋のクーラーをつけた。しばらくすると雨が降り出した。立ち上がってカーテンを開けて、灰色の分厚い雲が、夏の夕方をつくっていくのを眺めた。部屋は心地よく冷えているから、外も同じように感じる。秋の終わりの冷たい雨みたいに。
 インターホンが鳴った。それからノックの音。その音で僕は彼であることを確信して、ベッドに放り投げてあったバスタオルを持って玄関を開ける。
「ごめん」
「夕立でしょう」僕は笑って留三郎にタオルを被せた。自分がごく自然に笑っていることに少し驚いた。
 留三郎は水滴を全身から滴らせて、狭い玄関でひとつひとつ脱いでいく。部屋に上がってしまえばいいのに、几帳面なのだ。踝丈のくつ下を片足ずつ脱いで、上半身に張り付いたTシャツを脱ぐ。
 僕はその所作を眺めながら、はっきりと自分が欲情しているのを感じた。
 ジーンズだけの格好になって僕の隣に座った留三郎の肩に触れ、その肩はとても冷えていて、そっと舐めてみる、やっぱり冷えている。なんだよ、と彼は笑って僕のシャツの中に手を入れた。
 カーテンが空いている、こんな二階の部屋なんて、隣のマンションから丸見えだ。僕は背中で隠すように絨毯の上に彼を倒し、機嫌を伺うようにキスをする。上々、僕は心の中で言った。
「僕、君が好きだと思う」
 たぶん、と付け加えようとしたけれど、言うと彼は手の中ものを大きくさせたので、僕はもう一度好き、と言う。
「今言うのかよ」彼は笑った。大きな口で。「俺はおまえがいたから通ってたんだよ、あそこに」
「知ってたよ。聞こえてた」
「なんだよそれ」
 僕は彼が笑うと気分が明るくなることにもうずいぶん前から気付いていた。楽しい、のだろう、嬉しいのだろう。その日は最後までした。彼は体がかたく少し苦労したけれど。
 すべてが終わったあと、付き合ってみない、とこっそり耳打ちするみたいに言うと、よろしく、と彼は言ってのけてしまうので、思わず泣きそうになった。悲しくなんてないのに、寧ろ笑いたいくらいなのに、僕は必死で感情を抑え、狭いベッドで何をやっているんだか、でも、その日は久しぶりによく眠れた。





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2011/06/12
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