※現パロ





 朝から雨が降っている。僕は文庫本から顔を上げて脚を組み替え、窓の外を見た。いつ掃除しているのか知らないが、わりときれいに磨かれたガラスに自分が映っている。雨が降っていることなんてわかっているのだ。僕は視界の端に彼を捉えて、そのまま数秒。
 洗濯機が壊れて通うようになったこのコインランドリーで、毎週会う相手がいた。二ヶ月前くらいから。「食満」さんという、恐らく一人暮らしの、見た感じでは僕と年もそう変わらないだろう。何故名前と、一人暮らしなのがわかるのかといえば、前に間違って乾燥機を開けてしまったときに、ざっと中身を見たからだ。高校時代のジャージと思われるズボンに、食満、と刺繍してあった。読み方はわからないけれど、苗字と思われる。(ちなみにジャージは乾燥機にかけないほうがいい。)
 月曜日の朝、彼は洗濯と乾燥が終わるまでの数十分、300メートルくらい歩いた先のコンビニで買ったジャンプを読んでいるか、外で煙草を吸っている。月曜の午前中に毎週現れるなんて、と、デュマに目を戻しながら彼について考える。僕は月曜日は授業が午後からで(外せないゼミが4限に入っているのだ)、他に上手く空いている日がないからこの時間に来ているのだけれど。土日はバイトだし、平日のほうが空いているし。@彼は洗濯機のない部屋に住んでいる。A彼はベランダのない部屋に住んでいる上に、その部屋には洗濯物を干すスペースすらない。B余程日当たりの悪い部屋に住んでいる。……あるいは僕と同じように、C洗濯機が壊れているのかもしれない。
 彼はいつもスウェットの上にパーカーを着て、まだ寒い時期にも今と同じサンダルを履いていた。ピアスは左にみっつ、煙草はラッキーストライク。僕は文庫本の上から観察しているのだけれど、話したことはない。声を聞いたこともない。おもしろいのは彼も僕を観察しているらしいということだった。彼の目に僕はどんなふうに映っているのだろう。同い年くらいで、猫背で、よくシャツのボタンを掛け違えている。とか。

 その日は偶然に目が合ってしまった。たびたび目が合うことはあったけれどすぐに逸らしたし、そうするのが決まりごとのようになっていたのだった。よく考えれば、そんな決まりごとを共有してしまった時点で何かが始まっていたのかもしれない。
 ジャンプを一通り読み終えたらしい彼が顔を上げるのと、僕が顔を上げるタイミングがかぶった。彼は黒い目をしていた。そりゃあ、日本人なのだから当たり前なのだけれど、もっと深い黒。
「蒸しますね」
「……ですね、雨だし」
 僕はやっとのことで目を逸らして窓の外を見て、ばかみたいな返事をした。初めて声を聞いた、思っていたよりも少し高い声だ、不意を突かれたので、少しどぎまぎする。
 きっかけというのがあれば、聞きたいことはどんどん出てきた。でもとりあえず、何から話していいのかわからない。彼も困ったように笑った。大きな口で。僕はしおりを挟むのも忘れて本を閉じて、湿った梅雨の終わりの空気を吸った。雨は上がりそうにない。





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