忘れていたのか「あ!」というように体を起こすと兎崎はいらっしゃいと言いながらレジ台の上の新聞を片付けた

一度頭をさげ店内に入ると女性はソファーの里衣子達をみて
あのときはどうもとまた頭をさげた

女性はレジ台まで進むと早速話しを切り出す

「あの、実は昨日話した相談なんですが…どうも私の部屋に幽霊が出るんですけどなんていうかボヤッとしたものが現れて泣き声…かな?が聞こえるんです」

そう言うと女性は昨日も持っていた木箱をレジ台に乗せた

「それでそのボヤッとしたものは外に出ていくんですがしばらくあちこちに動くとまた戻って来て消えるんです。」

女性は困ったように息をつくとレジ台に置いた木箱を再び手にした

「祖母の家からこれを持ってきてからなのでもしかしたらこれのせいかと思って」

そう言うと女性は木箱の蓋をとり箱の下へ重ねると丁寧にレジ台の上に置いた


木箱の中を覗く兎崎の瞳が大きく見開かれたまま止まる

その瞳を女性に向けると兎崎は「なんでこれを?」と驚いたように瞳を震わせた

どうしたのかと女性の背中ごしに木箱を見ていた里衣子が近づき中を見ると
木箱に丁寧におさめられていたのは兎崎の持つものとまったく同じ懐中時計だった

同じなのは形だけではなく兎崎のもの程ではないが少しばかり赤茶色く錆がついていて
"seigou.n"の文字まで彫られていた


「祖母の家の蔵にあって綺麗だったんで譲ってもらったんです。もしかしたらボヤッとしたものが外に出ていくのは何か探してるのかなと思ったんです。祖母の家は元々今ある場所ではなかったし、その祖母の家から更に私が移動させてしまったから見つけられないでいるんじゃないかと思って…」

女性はそこまで言うと兎崎をみた

「そしたらあの日あなたがまったく同じ時計を落としたからこれは呼び止めてでも聞かないとと思ったんですが聞けずじまいで…」


依頼、受けていただけますかねと不安そうに聞く女性に兎崎は無言のまま頷いた

女性は安心したように表情を明るくすると再び「あ、」と不安そうな顔をし
「あのぉ、お代って…」と恐る恐る兎崎に問いかけた

「この依頼のお代はいらない。」

はっきりとそう言うと兎崎は目の前の時計を見詰めた


何かを探して泣いている

女性のその言葉がひっかかった


「この時計はどうする?置いていくそれとも持ってく?」

兎崎の言葉に女性は暫く考えると、
置いて行ってもいいがなんだかんだで気に入っているので出来れば持ち帰りたい事を伝えた

綺麗な箱に丁寧に入れられているところを見る限り確かに気に入っているのだろう

兎崎は了承すると明日こちらから伺う事を伝えた

「それでしたら、それが現れるのはいつも午前11時17分ですのでそれまでに来ていただければ…」

女性の言葉に兎崎は一瞬眉を寄せた

午前11時17分

その時間は兎崎の時計が時を刻むのをやめた時間であり
兎崎自身の時間が止まった時でもある

何故その時間に政剛が現れるのか

女性はカバンからメモ帳を取り出し家の場所を書いて行く

すると里衣子がメモ帳を覗くように顔を出し
「ついでにさ、お祖母さんの家の場所も書いてくれると助かるんだけど」
とメモ帳の上を人差し指でトントンと叩いた

必要ないと兎崎が言うと里衣子は「いーや!」と腰に手をあてた

「蔵があんだろ?政剛が口割らなかったときのためにこっちでも手掛かりさがしとくべきだね!」

女性は構いませんよと言うと里衣子にメモを渡した

里衣子はそれを受けとると
「手はたくさんあまってんだ」
とメモで坊主とミキ達をさしニッと笑った


よろしくお願いしますと頭を下げると女性は安心した顔で駄菓子屋をあとにした

里衣子は坊主にメモを渡すと
「蔵はちびっこ探偵と坊さんにまかせた」と言いながら眠い目をこすり「明日な」と言って駄菓子屋を出ていき
坊主もメモをみて眉をあげると
「また明日来ますね」とレジ台の方へ手をあげた

ミキ達も荷物を持ち硝子戸を出ると「いよいよ明日ね!」と張り切るようにミキが先頭を歩いた

「…うん」

俯き乗り気じゃないような声でユウタが答えると、まだそんな態度をしているのかと怒った表情でミキは足を止めユウタの方をみた

「あんたいい加減にしなさいよ」

ミキの言葉にユウタは黙ったまま口を尖らせた

「…だって。」

「もういいわよ怖いなら明日来なければいいじゃない!」

ふいと顔をそらし歩いて行ってしまうミキの背中に「そうじゃないってば!」とユウタが声をかけるとミキが更に眉をつりあげ戻ってきた

「なによ!」

「確かに最初は怖いと思ったけど幽霊って事はいついなくなってもおかしくないって事だろ!?」

「幽霊がいきなり消えるのが怖いって事じゃない!」

ミキの言葉にユウタは「だから!」と言いキッとミキをみた

「そうじゃなくて!兎崎がいなくなっちゃうって事!そうしたら寂しいだろって事!」

ユウタの言葉に今度はミキが黙ったまま口を尖らせた

確かに今回の依頼がすめば兎崎は自分たちの前からいなくなるだろう

ミキだってそれが寂しくないわけではない

「けどそれが兎崎のためでしょ!」
ミキは再び眉をつりあげた

「だけど」「でも」と言い合いを繰り返す声に気づいたのか硝子戸から顔を出した兎崎がこちらへ歩いてきた

何があったのかと困ったように眉をさげ「どうしたの?」と足を止める兎崎の前で

ミキは「兎崎、ユウタが」と、
ユウタは「兎崎、ミキが」と同時に泣き出したものだから兎崎は更に困ったようにしゃがむとカナとタクヤを見たが2人も沈んだ顔で俯いていて何も聞けなかった

「ケンカ?」

兎崎の言葉にミキとユウタは泣いたままで答えなかった

「仲直りが嫌?」

その言葉に2人は首を振ると兎崎に背を向け震える肩を並べて「だって」や「ばかぁ」などと泣きながら言い歩いて行った


困った顔をする兎崎の横をとぼとぼと通り過ぎカナとタクヤも2人の後を追った


しばらくしゃがんだまま四人の背中を見送ると兎崎は立ち上がり
どことなく悲しげな目を硝子戸の方へ向けると店内へ戻った




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