橙色に包まれた夕暮れ時の小さな町


学校帰りの子供達が大きなランドセルを背中で揺らしながらはしゃぎ通り過ぎていく寂れた小さな商店街

商店のおばさんが子供達にお帰りと声をかけると
元気な声がいくつも重なり返ってくる

人の少ない小さなこの町では
子供も大人も皆顔見知りだ

そんな小さな町だからか
誰ダレの娘さんは何処どこに嫁にいったらしい
といった話しから

あそこの家の猫はいつも大人しく窓際に座って外を眺めている
といった小さな話しまで

夕方商店街の八百屋や肉屋で顔を合わせた主婦の話題になり何十分と地面に足を貼りつかせる


そんな商店街では今、
その一角のかつて呉服屋だった木造の古い空き家に突如構えられた駄菓子屋の噂話しがちらほらと聞こえはじめていた

昼間でも薄暗いその駄菓子屋は
開店時間が夕方6時と遅く
その上開いているときがほとんどない

顔見知りばかりのこの町の人も駄菓子屋の店主を見た事がなく
更に空き家の中を片付ける様子も、その中へ荷物を運び込む様子も誰も見ていない

何日かかかるであろう引っ越しの様子を誰一人見ていなかった


ただ「駄菓子屋」という大きな看板が
一階の店と二階の住居の間の屋根の下に
外された呉服屋の看板の代わりに出ているからそこが駄菓子屋なのだと認識している程度だ


古ぼけた木枠の硝子戸には、空き家の頃からそのままのぼろ布のようなカーテンがかけられていて、中はのぞけないため本当に駄菓子屋なのかもわからない

そもそも開店時間が6時というのも、気まぐれのようにその時間に店内に薄暗い明かりがつくのを見た事があるというだけで
「営業」しているのかどうかは不明だ

そのためか近くの小学校でも好奇心旺盛な子供達の間では幽霊駄菓子屋だという噂でいっぱいで

次の日も帰りのホームルーム前のざわつく教室の中のあちこちから駄菓子屋の話しが聞こえた

得に4年生のクラスでは駄菓子屋の噂が流行っていると言ってもいい程だ

「あそこの店主幽霊だったぜ!」
「嘘つけ!お前見た事あんのかよ」
「じゃあお前見た事あんのか!?」


そんな男の子の言い合いをいつも女の子がはしゃぎながら止めている

今日はいつもならそこで終わる話しが続き、
クラスの中でも仲のいい4人組のうち一番小心者のユウタが珍しく声を張り上げた

「嘘じゃないって!本当に俺聞いたんだタバコ屋のおばちゃんがあそこは幽霊駄菓子屋だって言ってたの」

ユウタはそう言い終わると自分の机の前で腕を組み疑いの目を向けるミキをじっと見上げた

自分の何倍も気の強いミキから何度か目をそらしそうになったが目をそらすより先にミキがため息をついた

「あんた4年生にもなってそんな事言って笑われるわよ」

あきれたようにミキは眉をさげてみせる

ミキの方が自分より少し大人っぽいところがあるのは確かだが
それでも"子供扱い"されたようなため息はミキにむけるユウタの視線を更に強くした

まして普段はそこまで自分の意見を主張しない自分が、自分にしては勇気を出してそう言ったのにだ

「ユウタくん、おばちゃんにからかわれたんだよ」

ミキのとなりでカナがおっとりした声で笑うと

クラス一体格のいいタクヤがからかうようにユウタの背中を叩いた

「泣き虫ユウタは騙されやすいもんな!」

タクヤの大きな手に揺すられながらユウタは口を尖らせたが
自信を無くしたような小声で続けた

「でもそんな話しを大人がしてたんだよ?!子供のいける時間にはあいてないしお店の人を見た人もいないんだよ!でもたまに明かりがついてて真っ青な顔した大人が駆け込んでくって…みんなもおかしいと思うだろ?そんな駄菓子屋」

そこまで聞くとミキはユウタを見下ろしていた目を少し輝かせ、
面白そうじゃないの!とはしゃぎ
それなら度胸試しにみんなで駄菓子屋に行こうという話しになった

まさか行ってみるという話しになどなると思っていなかったユウタはその提案に一瞬あからさまな嫌な顔をしたが
そんなものはお構い無しに話しはするすると進み
自分から振ってしまった話しに今さら首を横になど振れず渋々のユウタを含め全員一致で駄菓子屋へ行く事が決まった

「じゃあ家にランドセル置いたら駄菓子屋集合な!」


夕方5時過ぎ、
駄菓子屋の前に来たのはユウタとミキの二人だけだった

辺りは日が暮れ駄菓子屋の横にあるただひとつの街灯の光りが頼りなく照らしているだけだ

「なぁんだ私とユウタだけか」

駄菓子屋の前で座り込むユウタの前で「あんたじゃ頼りないわね」と言いたげに足を止めると
2、3人通り過ぎるだけのしんとした商店街へ目を向け腕をくみため息をつきながらミキが言った

「しょうがないじゃんカナは猫が気になるからって…ほらあのカナんちの裏にいつもいる野良猫。昨日からいないんだって。タクヤは宿題終わるまで駄目だっておかあさんに言われたって。タクヤ宿題なんかいっつもやらないから待っても来ないよ」

ユウタの言葉を聞いているのかいないのか
ミキは明かりのついていない駄菓子屋の中を
汚れてくもった硝子戸にくっつき一生懸命に覗いている

いつもひかれている染みだらけのカーテンはあいていた

「やってないのかなぁ…」

ミキが呟くと口の先で硝子が僅かに曇る

見えにくくなった硝子を指でこすると砂ぼこりなのか一度で小さな指は真っ黒になった


店内には人の気配はなく静まり返り、
暗闇の中静かに駄菓子が並んでいるのが見える

確かに"駄菓子屋"ではあるらしい

が、その静けさに思わず息を潜めた

明かりがついていないのだから人はいないのだろうし
暗いのも静かなのも当たり前ではあるのだが

この時間になると商店街の店の電気は既に消されており、
道には先程通り過ぎた人達を最後に誰一人歩いていない上

普段は家にいるこの時間の見慣れぬ商店街の雰囲気に何処か不安を覚えた


「俺帰ろお。」

頭の後ろで手を組み背を向けるユウタの声に
ミキも後ろ髪をひかれながら硝子戸から離れたその時
背後が少しばかり明るくなった気がした


「うわ!」

振り返ったミキは一瞬驚いた顔をし
その声に振り向いたユウタが不安げな表情をみせた

駄菓子屋に明かりがついていた

が、その明かりは店内に入りたいという気持ちにさせるものではなかった

噂通りあまりに薄暗いのだ

その明かりに近づくのも躊躇う程、嫌に湿ってまとわりつくような橙色の電球のどんよりとした灯りだ

中で電球が揺れているのか、店内からもれるぼやけた明かりが動いて見えた


「なに止まってんのよ入るんでしょ!」

いつの間にか店の前まで進んでいたミキはそう言いながらユウタの前まで戻ってくると
突っ立つユウタの腕を掴み硝子戸の前まで引っ張っていき、その上に掲げられた

駄菓子屋[兎]

と書かれた大きな看板を見上げる

店内からの明かりに微かに照らされたその分厚い木製の看板は最近出来た店のものとはとても思えない程古ぼけていて
下から見上げる自分達を圧迫するような雰囲気で見下ろしている

ゆっくりと揺れる明かりのせいで呼吸をしているようにすら見えた

ミキは大きく息を吸うと硝子戸に勢いよく手をかけた

「おいミキ!やめろよ帰ろうって」

「別に人んちに勝手に入るんじゃないもん!お店に入るんだからいいでしょ大丈夫よ!」

砂や小石が引っ掛かるような鈍い音をガリガリとたてる硝子戸を、ミキは揺すりながら力いっぱい横に押した


バンと叩きつけられたかのような大きな音を響かせ硝子戸が完全に開き
さすがのミキもあまりの音に驚き肩をあげ
しまったというように目だけ動かし辺りを見回した

が、大きな音に驚いた店主が慌てて顔を出す事もなく
近所の人が何事かと様子を見に来る事もなく
相変わらず静まり返ったままの通りにミキはゆっくり肩をおろした


時がとまっているかのような、店内の埃っぽくカビ臭い空気が少し硝子戸の外にむわっと拡がったあと
新鮮な空気を建物が吸い込むように店内へと空気が流れ

店内を唯一照らす天井から吊り下げられた簡単な傘がついただけの裸電球がキイキイと嫌な音をたて揺れている

頼りない電球では店内の四隅は照らしきれておらず
揺れに合わせたまに見えるくらいだ

その灯りの加減で空中を不規則に静かに舞う埃がちらちらと視界にうつり鼻がむずむずとした


暫く入り口で店主が現れるのを待ってみたが
誰も出て来る気配がない


相変わらず電球の揺れる音が不気味に響く

「俺、帰るって言ったじゃん!」

「文房具屋のおばあちゃんだって出てくるの時間かかるでしょ!ちょっとくらい待ちなさいよ弱虫!」

「文房具屋は怖い噂なんかないじゃんか!」

心なしかユウタの声は少し震えていた


埃の匂い漂う店内は狭く、
びっしり並べられた駄菓子の箱に描かれたレトロなキャラクターの褪せた絵が、揺れる灯りに表情を浮かべ不気味にこちらを見ている


入ってすぐ正面に見える横長の木製カウンターのような場所はレジ台なのだろう
レトロで見慣れない形のレジがのっていて
その向こうには大きな背もたれにひじ掛けのついた回転椅子が置かれている


その後ろの木の棚には叩けば埃が舞い上がるだろうピンク色の兎の縫いぐるみがいくつか飾られていた

棚の横には大人程の高さの大きな振り子時計が壁を背にたたずんでいて
止まったような店内の中
まるで自分だけは時を刻むのを忘れないようにと朦朧に左右に重たく振り子を動かしているように見える


レジ台の前にはやたらと透明のチューブに入ったゼリー菓子が多く並べられている

レジ台の左の壁添いには店内に不釣り合いの擦りきれた革のソファーがひとつ置いてあり
店内で埃をかぶっていないのはこのソファーとレジ台の回転椅子だけに見える


誰もいないレジ台に目を戻すと首をかしげミキは再び店内を見回した


「なぁミキ誰もいないし帰ろうって!」

「誰もいないのに電気がつくわけないでしょ!」

そう強気に言ったものの自分の言った言葉が怖くなり顔が強張った

狭い店内、見回せば全部視界にはいるが誰もいない

振り子時計の横に二階の住居スペースに上がるための階段があるが板が打ち付けられていてその先に誰かがいる事はなさそうだ

もしいるとしたら、今一番出くわしたくないものに違いない

「なぁミキ帰ろうよ!この店なんか変だしやっぱり皆が言ってた通り幽れ…」



「いらっしゃい。」


ユウタが言いかけたとき
レジ台からそう声がした

幽霊やなにかといった背筋が凍るような声ではなく、
かといってお客を待たせた事を悪びれるような申し訳なさそうな声でもなく

静かだが遠慮がないというか
けろっとした声だ

息を飲み先程まで誰もいなかったレジ台の方へ振り返ると
いつの間にか一人の男が椅子に座り頬杖をついた手の先の口元に笑みをうかべこちらを見ていた


瞼の窪んだくっきりとした二重に灰色の目の片方を少しばかり隠す白い髪は胸より下まで伸びていて

血色の悪い青白い顔にうっすら紫色の口元と
その口の色に似た薄紫の生地の着物を上半身だけ脱ぎ帯から下だけ着ている

上半身はというと何故か不釣り合いな黒い長袖のTシャツだ

どうみても駄菓子屋の店主には見えない想像もしなかったその姿に
二人の視線は暫く釘づけだった



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