月が出ていないためか
旧校舎の中は殆ど何も見えない程暗く
朽ちた木造の廊下が軋む音が自分のものとは別に前からも聞こえるため兎崎の後ろを歩いている事はわかるが
暗さに溶け込んでその姿はタクヤには見えなかった

おまけにこれだけ暗く道もわからない中を進むのは一苦労で
先程からタクヤは転がる椅子や板に躓きそのたび遅れをとっているが

前からは引っ掛かる音も躓く音もせず普通の道を普通に歩いているかのような規則正しい足音が床の軋む音と共に先へ先へと進んでいくので
置いていかれてしまっては困ると思い慌て更に足をとられる

と、ついに飛び出た板に足をとられ派手にタクヤが床へ体を倒した

それに気付いたのか先へ行っていた兎崎の足音が引き返すようこちらへ戻ってくるとタクヤのすぐ前で足を止め
取り出した携帯のライトをつけるとその携帯をタクヤに渡した

突然ついた携帯のライトに驚いたタクヤの顔が光りの中に浮かぶ

「え?あ!ありがとう」

慌てて小声で「ございます」と付け加えると
タクヤは受け取った携帯で床を照らし確認しながら立ち上がり
知らない間に埃と蜘蛛の巣だらけになっていたズボンに「げぇ…」と呟くと豪快にはらった


「見えないなら言ってくれればいいのに」

と不思議そうにその様子を見る兎崎にタクヤはそれ以上に不思議そうな顔を返した

逆に見えていたのか聞きたかったがタクヤが聞くより先に「ところで」と兎崎が別の話しを口にし聞けなかった


「ところでこの旧校舎の中をさ迷うこが目撃されてない場所って何処かある?」

タクヤは必死に頭を回転させ今まで聞いた噂を思いだす

「えっと…図工室とトイレは見たってやつがいたし2階の教室も見たって言ってたし…」

ええと、と指を折りながら暫くぶつぶつ言うとまだ折られていない2本の指を見ながら

「職員室だ!職員室とあとその隣の校長室!ここでは誰も見たって言ってねぇ!…です」

申し訳なさそうにつけられた「です」を聞くと兎崎は眉をさげおかしそうに笑った

「やだなそんなにかしこまらなくていいよ。それに調度よかった職員室はそこだ」

そう言う兎崎が指さす方を携帯で照らすと
ドアの外れた枠の上に職員室とかろうじて読める字が書かれた板がついていた

ドアのついていない枠のむこうの職員室は暗くて見えず

廊下から見ると壁に真っ黒の長方形が張り付いているようにも見えひどく気味が悪い


携帯のライトを枠の中へ向けると倒れた机や椅子、
床で割れた花瓶や蛍光灯、壁にかけられた朽ちた額などが照らす先に現れる

入れ換わる事なく何年も滞ったままの嫌な空気がまとわりついてくる気がして不快感を覚える

「たぶん、数を数えると消えるって噂を頼りに男の子に遭遇した子はみんな数を数えたんだろうね。その度に男の子は隠れようと旧校舎を移動する。それがさ迷ってるって噂になったんだと思うんだけど…恐らく隠れたのは目撃情報のないここ職員室か校長室だ」

兎崎の言葉を聞くとタクヤは携帯のライトを職員室からそらし震える瞳で兎崎をみた

まさにすぐそこに隠れている子がいるというだけで耐えられない程怖かったが

これからその子がいる所まで行き
その子と対面しなければならないのだ

対面したら何が起こるのか
対面したらどうすればいいのか

タクヤの頭の中を色々な疑問と恐怖が駆け巡った

「だけど…隠れんぼの理由も何者なのかもわからないんだよな?」

不安そうにそう聞くタクヤに兎崎は一度頷いた

「見つけたら直接聞くよ」

そう言うと兎崎は邪魔なものを跨ぎながら職員室へと入った

ここへは絶対に入りたくないという気持ちに忠実なタクヤの足は中々その中へ進もうとしなかったが
続く廊下の向こうで静まり返る暗闇に身震いすると
ここに一人でいるのはもっといやだと思い
固まる足をなんとか職員室内へと進めた


兎崎は机の下を覗きこんでみたりロッカーをあけてみたり目に入ったものを次々に調べていた

きっと自分もやった方がいいのだろうとタクヤは壁にもたれている棚の引き戸に手をかけた

金属製の錆びた冷たい棚は歪んでいて昼間でも開けたくないような出で立ちをしている

もしこの中にいたらどんな顔でこちらを見るだろう

もしそれを見てしまったら今日から一人でトイレに行けるだろうか

過去に見たホラー映画や心霊特集に登場した恐ろしい顔つきの人物の記憶が次々よみがえり
せっかく忘れていたのにと顔を歪める

一通り色々と考えると
ここにはいませんようにと何度も心の中で唱え大きく息を吸い一気に棚の戸を引いた

次の瞬間職員室にタクヤの悲鳴が響いた

タクヤの声に振り向いた兎崎の目に写ったのは
開けられた引き戸から雪崩のように落ちた大量のプリントの中に埋もれるタクヤだった

涙目で兎崎の方を見るタクヤの肩に棚から最後の一枚がひらりと落ちる

鼻声ですみませんというタクヤにキョトンとした顔で眉をあげると兎崎は隣の校長室に繋がっているだろう扉を指さした

「たぶん校長室の方だね。」


そういい扉を開け中へと入る兎崎を慌て追いかけるようプリントを散らしながら立ち上がりタクヤも続いた

職員室の半分もない広さの校長室はソファーがある以外は職員室とあまり変わらなかった

机は校長のものとソファーのものの二つしかなく棚の戸はすべてはずれ床に落ちていた

さがす場所のほとんどない校長室でただひとつだけ間違いなくここだと言えるものがあった

子供が入れる大きさの金庫だ

タクヤはそれを見ると跳ねるように職員室の方へ後退りした

兎崎はそれの前にしゃがみ込むとダイヤルを回しはじめる

「ば、番号知ってんのかよ?」

「知らないよ。」

それじゃあ駄目じゃないかと思ったが同時に開かないかもしれないと思うとどこか安心した

が、兎崎はダメかと溜め息をつくと落ちていた金属の棒を差し込み思いきりこじ開けた

金庫にかけた兎崎の手がゆっくりと扉を開いて行くと
向こうから押すように扉が勢いよく開けられ中から顔を出した男の子はタクヤを視界に捉えると一気にタクヤ目掛け走り出した

これでもかと目を見開きありったけの声で叫ぶとタクヤは一目散に職員室の方へ走ったが
先程のプリントに足を滑らせると尻餅をついた

しまった!と慌て校長室の方を振り向いたが男の子が追いかけてくる気配はなかった

息をきらし首をかしげるとタクヤは恐る恐る校長室を覗き込む

と、そこではしゃがんだままの兎崎に捕まえられた男の子が離せよと暴れていた

旧校舎の男の子の噂は聞いていたものの実際ここまでまじまじとは見た事のなかったタクヤは男の子のあまりに普通の姿に驚いた

まだ明るい時間に見たときはかすかに見えただけだったため脳内補正でもっと恐ろしいものな気がしていたが

なんというか今兎崎に捕まえられているその光景は
親戚の家でイトコの兄のまわりを走り回る小さな子が「捕まえた!」とイトコの兄に捕まえられたようなまさしくそんな感じだ


タクヤは緊張がとけたようにぺたりと床に腰をつけた

じたばたと暴れる子をまるで保育士のように手際よく落ち着けると
兎崎はむっとしたままタクヤを睨む男の子の肩を持ち目を見た

「隠れんぼはいいけどどうして彼を追いかけようとしたの?」

兎崎の言葉に頬をふくらませたままの男の子は「ん!」と怒りながらタクヤを指差した

「あいつがペンダント持ってるんだ!返せよ!」

男の子の言葉にタクヤはミキをからかうために持ってたペンダントを思いだしポケットに手をいれた

再び「ん!」と言い渡せというように手を出す男の子に戸惑うタクヤに、兎崎が同じように手をだすとタクヤはペンダントを乗せた

兎崎から受けとったペンダントを見ると男の子はだだをこねるように「これじゃない!」と声をあげた

「池のペンダントは君のなの?」

兎崎の問いかけに男の子がむっとしたまま目をそらし答えなかったところをみると
どうやらペンダントは男の子のものではなくやはり女の子のもので間違いないようだ


と、何かに気づいたのか男の子は職員室の扉の方を見ると「あ!」と慌てたように走ろうとしたが再び兎崎につかまり暴れた

兎崎とタクヤが扉の方を見ると
扉から伺うように覗く女の子が逃げるように走って行く所だった

女の子がいたのをすっかり忘れてたというように溜め息をつく兎崎に

「ユウタ達の方行っちゃったんじゃねぇのか!?」

とタクヤがあたふたと扉と兎崎を交互に見た

「大丈夫お坊さんもいるからね。ちょっとユウタ君の悲鳴が聞こえるだけだと思うよ。」

その直後に入り口の方からユウタの情けない悲鳴が聞こえた

「さて、僕達も出よう。」

そう言うと兎崎は男の子を抱え
何か確認するよう金庫の扉を静かにあけると「やっぱり」というように中を覗く視線を哀しいものに変えそっと閉めた



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