02
「君、名前は何て言うの?」
市場より少し離れた公園の一角の木の下にあるベンチに座り、そういえば女の子の名前を聞いて無かった事に気づき、おもむろに話を切り出した。
「……アイリ」
「アイリちゃんね。……アイリちゃんお腹すかない?あそこのドーナツ食べようよ!」
噴水の向こう側に見えるファンシーなのれんがかかった屋台を指差すと、アイリちゃんはそのファンシーさに負けたのか少し微笑んで答えてくれた。
「……食べる……」
「よし、決定ね!じゃあここで少し待ってて!」
俺は立ち上がり、ドーナツを売っている屋台を目指す。
屋台はここから噴水をはさんで向かい側にある。
……結構と客さんが並んでるなぁ……。
まぁ仕方ないね。
俺の前には子連れのお母さんと友達二人でいる俺と同年代の女の子。そのさらに前にはカップルさんがムードたっぷりでいたり。
……平和だなぁ〜。
こんな天気の良い日はやっぱドーナツだよね♪
あーあ、まだかな〜……。
「ごめんね、アイリちゃん……!はい!どーぞ!」
やっとの事で買ったドーナツを渡し、俺はアイリちゃんの横に腰掛けた。
アイリちゃんはドーナツを食べずにマジマジと見ている。
警戒してるのかな?
「変なモノ入ってないから大丈夫だよ?ほら……ん〜!おいしい!」
生地がフワフワで、甘すぎずとてもデリシャス♪
「……ん……おいしい……!お兄ちゃんありがとう!」
「いえいえ。アイリちゃんに気に入ってもらえて俺も嬉しいよ!」
俺が笑いかけるとアイリちゃんも微笑み返してくれた。
良い子だね。
「……ねえ、お兄ちゃん……」
「ん?」
「お姉ちゃん……まだ怒ってるかな……?」
俺たちが今座っているベンチの前を幼い姉妹が横切った。
アイリちゃんの目は確実にその姉妹を追っている。
……寂しいんだ。
「……怒ってるかもしれないけど……それ以上にアイリちゃんの事心配してると思うよ?」
ふっ、と視線を俺に戻してアイリちゃんは思いつめたような表情で話し始めた。
「でもね……あたしお姉ちゃんにひどい事言っちゃったの……大嫌いって……」
今にも泣き出しそうな顔でさらに続ける。
「本当は……そんな事言いたくなかったのに……」
そこまで言うとアイリちゃんは口をつぐんでうつむいてしまった。
う〜ん……。
そんな事でお姉ちゃんがアイリちゃんを嫌いになるとは思えないな。
「……それならさ、素直に謝ればいいよ。そーしたらきっと上手く行くよ!」
俺の言葉にアイリちゃんが顔をあげた瞬間、
「アイリ……!」
噴水の向こう側の屋台の横をすり抜けて走ってくる茶髪の女の子の姿が目に入った。
「お……お姉ちゃん……!」
あれがお姉ちゃんね。確かに似てる。
「さ、早く行ってごらん!お姉ちゃんが心配して捜してくれたんだからさ!」
立ち上がったものの決心がつかないらしくアイリちゃんはひたすら立ち尽くしている。
俺はその背中を軽く押してやる。
軽く二、三歩前へ出たアイリちゃんは俺を振り返り、やがて走りだした。
その顔にはこれ以上ないくらいの笑みを浮かべて。
「お兄ちゃんありがとう!」
「いえいえ!気を付けてねー!」
俺は姉妹が一緒に帰るのを見届け、嬉しさ半分、寂しさ半分の複雑な気持ちの中、みんなの待つ宿屋へ帰る事にした。
空はすっかり茜色になり、人々も帰路につき始めた通りを俺は一人歩いた。
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