「すみません……」
名賀は手のひらでぐしぐしと零れ落ちる涙を拭くがきりがない。しかも、強く擦るもんだから少し目元が赤くなって痛々しい。
こんな風にさせたのが自分だと思うと息苦しくなった。
「……俺、ずっと皆から一線ひかれてて寂しかったんです……」
嗚咽を交えながら名賀は話し出した。
何でもできる奴っていうのは頼られる反面、皆とは違う立場に立ってしまう。これは悲しいことかもしれない。
「でも、村田先生は普通に接してくれて……」
「……それは……、俺が教師だから……」
「違います」
しっかりと首を横に振って名賀はハッキリとした口調で言った。
「村田先生は最初から普通に接してくれて……、勿論、他にもそういう人はいたんですけど……、その人達は俺の外側しか見てなくて。でも、村田先生は違いました。……最初、会ったときのこと覚えてます?」
「…………ここ、だったよな……」
「そうです。俺が他の先生に頼まれて準備室まで教材を届けにきたときです。初めて会った村田先生は俺の顔を見ても何も言わず反応せず、教材だけ受け取ってすぐ準備室に戻ってしまいましたよね。初めて俺の顔見た人って大体、何か言ってくるんですけどそれがなくて、とても新鮮で……」
名賀の顔が柔らかくなった。けれど、それと逆に俺の顔は険しくなり、重々しい口を開いた。
「…………違うよ、名賀。俺はさ、言わなかったんじゃなくて言えなかったんだよ……」
あの時、俺は扉を開けた瞬間名賀の美貌に見とれた。でも、それは一瞬のことで我に返った俺は恥ずかしくなってひったくるように教材を受け取って、さっさと扉を閉めてしまったのだ。そのときの胸の高鳴りといったら、凄かった。
名賀の期待に応えられなくて悪いが、いっそのこと、このまま名賀を突き放したい。いや、離れていってほしい。
だって今更だけど分かってしまったんだ。俺、名賀のこと――。
「……だから、名賀のその気持ちは全部……勘違いだ」
「………………勘違いでも良い。……たとえ、勘違いがなくても俺は村田先生を好きになってます」
「そんな根拠のない……」
「っ今! 俺は! 村田先生のことが大好きです!!」
声を荒げた名賀はそのまま興奮ぎみに続けた。
「村田先生を見る度、胸が苦しくなって顔が熱くなる……。誰か俺以外と話していたら、気が動転して喋れなくなるし……皆が'むぅたん'って呼ぶのに対して俺だけが先生の名前呼んでるってことに馬鹿みたいに優越感抱いて……」
「っ」
「……その、さっき……。実を言うと女の子達に襲われたのがショックじゃないんです。俺、なんでか分かんないけどその女の子達が村田先生だったら――って考えたら堪らなくて……。先生は普通に優しく接してくれるのに、俺ってば思っていた以上……ううん、何倍も邪な気持ちを持ってたんです。そんな自分が恥ずかしくてショックで……。でも、心配してくれる村田先生を見たらやっぱりすきだなぁって」
「……め……、うな……」
「? 村田先生……?」
「……ゃめろ……も、いうな……っ!」
多分、今の俺は真っ赤になっていて熱いだろう。だって好きだと自覚した相手につらつらと自分が好きな理由を述べられるのだ。嬉しい、を通り越して恥ずかしくなる。
「おまえっ……、そんなことを、よく……」
「…………だって本当のことです。村田先生は誰よりも可愛い……。ねぇ先生、ちゃんと俺と向き合って下さいよ」
今まで、名賀は頭が良いと思っていたがそれは勘違いだったようで目も節穴という新事実が発覚する。そのせいか、頭が痛くなるけど喜んでいる自分がいるのが悔しい。
だって、そんなこと言われたら教師と生徒だとか男同士っていう壁さえも乗り越えられる気がするほど今の俺は浮ついているのだ。
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