小説 | ナノ

 今日の授業が終わり、名賀のための課題プリントをまとめていると準備室のドアをノックする音がした。

「どうぞー」

 手が離せなくて声だけで答えると失礼します、という声と共に名賀が入ってきた。
 準備室に人が訪れることなんて滅多にないから、ドアをノックしたのが名賀ということは予測ずみだったが俺はその名賀を見た瞬間、間抜けにも口をポカンと開けたまま固まってしまった。
 何故なら、いつもきちんと閉められてるシャツは全開でボタンも無い。ベルトもおざなりについているようで、バックルは役に立っていない。そして何より、名賀の顔にはいつもの優しい表情はなく、気分が悪そうだ。

「……………………ど、どうしたんだ!!」

 咄嗟に出て来た言葉がそれで我ながらデリカシーもなにもない馬鹿だと思うが、相当パニくっていたから仕方ない。

「さっき……知らない女の子達がいきなり乗っかってきて服を脱ぎ出したんです……」

 どこのアダルトビデオだ!!
 思わずそう突っ込みたくなるのをぐっとこらえて俺は静かに名賀の話の続きを聞いた。

「意味が分からないし、俺……、怖くて……っ!無我夢中で逃げてきたんです。気付けばここにいて……」

 名賀の顔はぐ、としかめられていて困惑しているのが見てとれた。
 こういうのは女の子が被害を被るものだと思っていたが、名賀ぐらいになると男でも襲われてしまうのか。自分の身には絶対起こらないことだろうけど、名賀には災難としか言い様がない。幸い、逃げれたようだが大きなショックがあるのは間違いないだろう。

 取り敢えず俺は名賀をソファに座らせてスーツの上着を貸してやった。サイズはあわないだろうけど、羽織るぐらいなら出来るし、何もないよりはマシだ。そして、気持ちを落ち着かせるために温かい飲み物を用意して隣に腰掛けた。

「…………」
「……」

 なんて声をかければ良いのか分からず無言になってしまう。
 こういうのは保健の先生とかに任せた方が良いんだろうか。所謂、心の問題なんてものは俺にはどうすることもできない。

「保健室、行くか?」
「…………いいです」

 名賀は俯きがちに首を横に振った。その表情は見えづらいが柔らかくないことは確かだった。
 もしかしたら名賀は襲われたことで女性に恐怖心を抱いてしまって、保険医が女性である保健室には行きたくないんじゃないだろうか。
 でも、名賀は誰も敵わないほどの美貌と知能、そして人の良い性格を持ち合わせている。だから女性との関係を持っていてもおかしくない、いや持ってないとおかしいと思うんだが今の名賀の憔悴っぷりを見ると、まるで何も知らない無垢な少女が汚されたような……、いや、まさかな。
 多分、無理矢理だったからいつもは抱かない恐怖心を抱いたに違いない。
 とにもかくにも、今の俺に出来ることは名賀の側にいてやることぐらいだ。気のきいた言葉なんてかけてやれはしないけど、一人っきりになるよりは心強いだろう。






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