小説 | ナノ
「あ! 村田先生!」

 おはようございます、と元気よく挨拶してきたのは名賀 周介だった。

「おはよう」

 名賀には敵わないがなるべく爽やかに見えるよう、笑って返すと名賀はニッコリとして俺の隣に並ぶ。目を合わせるために少し顔をあげなければいけないのが面倒臭いが、名賀のキラキラとした楽しそうな顔を見るためなら億劫じゃない。

「なんで村田先生が担任じゃないんだろう……」
「……お前、それ何回言ったら気がすむんだ」
「何回言っても納得いきません」

 それから名賀はこっちが恥ずかしくなるくらい俺の良いところをつらつらと述べる。名賀に悪気は無いんだろうけど、俺がいたたまれない……。
 というのも名賀は眉目秀麗で性格もよく、生徒はもちろん教師陣の間でも人気が高い。俺は名賀と初めて会ったときの衝撃を忘れはしないだろう。さらさらと靡くミルクティー色の髪に女子よりも長いんじゃないかと思うほどの睫毛、そしてすっとした鼻筋に形の良い口。本当に王子様を絵に描いたような男で平凡な俺と同じ生き物とは思えなかった。
 でもそんな名賀は何故か古典のことぐらいしか取り柄のない俺によく懐いてくれる。教師と生徒という枠組みを越えたと言っても良いほどの懐きっぷりにちょっとした優越感を感じる自分が恥ずかしいが、名賀と一緒にいるのは楽しいので邪険に扱うことは出来なかった。

 とりとめもない話をしていると学校に近付いてきて、名賀以外の生徒もポツポツと見えてくる。まだ朝早いので人数は少ないが、皆が皆きちんと挨拶してくれる。人気者の名賀が一緒だからかもしれないけれど俺もちゃんと挨拶を返していたのだが、少し後ろの方からたくさんの足音が聞こえてくる。朝練で毎日校舎の近辺を走っているサッカー部の生徒達だ。

「あ、名賀にむぅたん、おはよー」
「おっはー」
「っざいまーす」
「こら! むぅたんじゃない! 村田先生と呼べ!」
「だって、むぅたんはむぅたんだしなぁー」
「そうそう、むぅたんはむぅたんだよ」

 そう言ってサッカー部員達は笑いながら怒る俺を横目に逃げるように走っていく。この'むぅたん'というのは不本意ながら俺のあだ名である。由来は俺の名前'村田 丹悟'からきているらしい。最初に誰がそう呼び出したのかは分からないがそれは既に学校中といっても過言ではないほど広まっていて俺は不愉快極まりなかった。

「くっそ、あいつら……。絶対に課題増やしてやる……」
「良いなぁ、俺も村田先生の課題もっとほしいや」
「本当に古典好きだな……。ほしかったら、いくらでもやるから。先生冥利に尽きるわ」
「本当ですか?じゃあ、今日の放課後に準備室お邪魔しても良いですか?」
「全然良いよ。……ってか名賀ぐらいだよ、ちゃんと俺の名前呼ぶの。ありがとな」

 なんか照れ臭くて頬が赤くなったが、そう言うと名賀は最初、驚いたように目を見開いていたが、すぐに破顔して最高のスマイルを浮かべ「村田先生に嫌われたくないですから」となんとも可愛いことを言ってくれた。
 今なら名賀に惚れている女子生徒達の気持ちがわかる気がする。
 思わず手を伸ばして髪をぐしゃぐしゃと撫でてやれば名賀は気持ち良さそうに目を細めて笑う。もし名賀が犬だったら今は尻尾ふりまくってるんだろうなぁ、と馬鹿なことを考えつつ俺は存分に柔らかく手触りの良い髪の感触を満喫したのだった。





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