小説 | ナノ
その日の昼休憩、いつも一番に弁当を取り出すはずの要はじっと携帯を見つめていた。

「要くーん、食べないの?」

今日もめげることなく要の弁当を狙いに定めている剛は、要を不審に思い声を掛けるが返事はない。
剛はそんな要が気になったが、腹の底で虫が腹が減ったとぐぅぐぅ鳴くので、あらかじめ買って来た焼きそばパンの袋を開けた。焼きそばのソースの香りが食欲をそそる。
あーん、と口を大きく開けてかぶりつこうとした時、部室のドアが控え目にノックされた。

「っ!」

瞬間、要は立ち上がりドアへと走る。
見たことのない要の必死な形相に剛だけでなく他の三人も、昼食をとっていた手を休めてドアを見た。

要がドアを開けると一人の青年がそこにはいた。
青年は特記することなどない至って普通の顔をしているが、雰囲気が柔らかく素朴で好感を持てる。
そしてふにゃり、と笑って持っていた手提げ袋から弁当を取り出して要に手渡した。

「ごめんな、遅れて」
「別に良い。けど…俺、迎えに行くってメール送った…」
「だってもう部屋出てたし、手間かかるだろ?」

な?と青年は要に微笑みかける。
要は渋々と頷いたが、ムスッとしていて納得はいってないようだ。
けれど、子どもを諭すように青年が要の頭を撫でてやると要の強張っていた表情がみるみるうちに和らいで、周りの四人は多大な衝撃を受けた。
あの仏頂面の要が…!
皆の心が一つになり、確信を抱いた剛は生唾を飲み込んでから恐る恐る言った。

「あのー…もしかして君が要くんの同室者?」

すると青年は、ああ、と一人ごちてから手提げ袋から大きめのタッパーを取り出して言った。

「初めまして。要の同室者の茂木 毅(もぎ つよし)です。迷惑かもしれませんが、良かったらぜひ」

そう言って手渡されたタッパーには様々なおかずが詰め込まれていて、剛は思わず深々とお辞儀したのだった。



***

「うまあぁっ!」
「美味だな…」
「………宝石箱…」
「うめぇ!」

上から順に、剛、治、靖、優と感嘆の言葉を漏らすのに毅は照れたように笑う。
久々の飯だ!というほどタッパーの中のおかずを貪る姿は作った毅としては嬉しいが、拗ねてしまった要を見ると素直に喜べない。

「要、何が嫌なの?」
「…………毅と、毅の飯は、俺の」

駄々っ子のように毅に抱き付いてぐりぐりと頭を肩に擦り付ける要に、毅は母性本能をくすぐられる。きゅんきゅんしつつ頭を撫でてやると要は目を細めてもっととねだった。

「ほら、折角作ってきたんだから要も食べて」
「………食べさせて」
「お前は子どもか…」

口では呆れながらも、毅はテキパキと弁当をひらいて用意をする。
要を一旦離れさせて一人で座らせると弁当のおかずの常連である玉子焼きを箸でつかんで、口元まで運んだ。

「あーん」
「ん、………うまい…」

その様子はさながらバカップルの食事風景である。しかし毅は子どもを世話する感覚でしているため羞恥はない。要にいたっては、むしろ至福で顔を蕩けさせている。

「ちょちょちょ!待って!要くんキャラ違うよ!?」
「…別人だな…」
「………まめしば…」
「なんか気持ち悪いな!」

剛はまともに突っ込み、治はその変わり様に感心する。そして靖はボソリと呟いて、優は爽やかに暴言を吐いた。
当の本人の要は、四人には無関心で次のおかずを口を開けて待っている。
毅は甘辛いタレで絡めたもやしと豚肉の炒め物を箸でつまんでいたが、あまりの言われように苦笑いして要の名誉のためにと口元へ運ぶのをやめた。

要が四人に噛み付いたのは言うまでもない。




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