小説 | ナノ
焦げ目のない鮮やかな黄色の玉子焼きは口に含むと、じんわりと口内に味が広がる。甘くもしょっぱくもなく、だしの利いたそれは和田 要(わだ かなめ)の好物の一つであった。
和田は玉子焼きをじっくりと咀嚼して、その強面だが端整な顔をだらしなく綻ばせる。その姿はまるで猛獣が日向ぼっこをしているようでほのぼのするが、一緒に昼食をとる部活仲間の不興を買った。

「要くーん。美味しそうだねー」

こめかみをピクピクさせ、甘いマスクが売りのバスケ部副部長の本田 剛(ほんだ たけし)は購買で買った食いかけのパンを机に置く。
あまりにも美味そうに食べるもんだから、剛は見た目通り軽薄な笑顔を浮かべて要の後ろに回る。
そして綺麗に敷き詰められた弁当のおかずの中から、唐揚げへと手を伸ばそうとしたが要が慌てて弁当に蓋をして隠してしまった。

「……」
「良いじゃん、一個くらいー」

牙を向いて威嚇する要に剛はブーブー口を尖らせるが、要は断固として蓋を開けない。
そんな二人を見ていたバスケ部部長の田中 治(たなか おさむ)はため息を吐いた。

「毎度毎度お前達は…。いい加減にしろ…!」

正に日本男児の象徴のような凛々しい顔を歪めて治は忠告する。その様はまるで般若のようだが二人はそんなのお構いなしで睨み合ったままだ。治は自分の口角がヒクヒク動くのが分かり、購買で買った弁当をつついていた箸はバキバキと悲鳴をあげた。

「……幼妻…」

そんな険悪なムードのまま、なんの脈絡もなく呟いたのはミステリアスな雰囲気を醸し出す上木 靖(かみき やすし)だった。
彼の思考回路は謎に包まれており、周りの者は読解するのは無理に近いということを心得ている。そのため誰もツッコミを入れないが、靖も別に構わないらしくカップラーメンを食べ始めた。

「カオスだな!」

ははは、と爽やかに佐藤 優(さとう すぐる)は笑った。優、という名前の割に優しさの欠片もない男であって一番信用してはならない男でもある。
優はファンをパシらせて買ったファーストフードのハンバーガーにかぶりついて、また笑った。


こんな協調性のない五人だが、同じバスケ部に所属して更にレギュラーメンバーだったりする。それぞれ系統は違うが皆、整った顔立ちをしていてファンクラブまで成立していて人気は凄まじい。

去年は、ここまで険悪なムードで昼食をとることも無かったのだがそれは一変した。
原因は年に一度の寮での部屋替えをした次の日から、要が持参し始めた弁当にあった。
要はその弁当を本当に美味そうに、食べるのだ。興味を持った他の四人が一口だけ、と何らかのアプローチをかけるが全く靡くことはなく、剛以外の者は早々に諦めたのだが剛は粘った。

騒がれるのが嫌で食堂に行きたくない五人は基本的に昼は部室で取るのだが、流石に毎日購買だと飽きてくる。
そこで剛はファンクラブの子に弁当を作ってもらったのだが、包丁を握ったことのないお坊ちゃま達が作る弁当は破壊兵器だということを身を持って知った。
だからこそ、剛はこの学園内に料理の出来る人間など存在しないと思っていた。
だが、要のあの表情は一体なんなのだ。一流シェフが作る食堂の料理でも要はあんな顔をしたことがないはずだ。推測すると弁当を作ったのは恐らく要の新しい同室者だろう。
顔も見たことのない相手に焦がれ続けていた剛に転機が訪れたのは、ちょうど一週間後だった。




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