「……」
「……」
隣の席に座ったは良いものの何を話していいか分からず俺は無言のままだった。
凛ちゃんも下を向いてて、肩に力が入っているのか強張っているように見える。
さっきぶつかったの根に持ってんのかな。でも、晴也と話していたときの様子からするとそんなタイプじゃないと思うんだけどなぁ。
「…………あの、さ」
「!! な、なに?」
「さっきはごめん」
「……さっき?」
「ほら、ぶつかったじゃん。ごめんね」
「! ぜっ、全然そんなの気にしてないから!! 私こそごめんなさい……」
顔をあげて俺の目をじっと見てくれる凛ちゃんは、やっぱり平凡な顔つきだけどとても可愛くみえた。よく見ると右の目元に泣きぼくろがあって、少し妖艶な雰囲気もある。
「……な、なにか付いてる?」
「! ううん、付いてないよ。凛ちゃんが可愛いからつい」
「っ!!」
俺が思わず本音を言うと、凛ちゃんは顔をタコみたいに真っ赤にしてから俯いてしまった。そして、顔を冷やすためか手のひらを自分の頬に当てて、視線を彷徨わせた。
「……褒められるの苦手?」
「……に、苦手っていうか……。恥ずかしいです……」
「そんなこと言われたら余計言いたくなるなぁ」
「……いじわるです」
「あれ。言ってなかったっけ?」
そう言うと凛ちゃんは、ふにゃと笑って言ってないです、と答えた。
その力の抜けた優しい笑い方に俺はドキリとした。昔、どこかで同じ顔を見たことがある。
けれども、それは輪郭もままならない朧気な記憶で思い出せない。多分、かなり前のことだ。そう、俺が幼稚園生の頃……。
「…………」
「……葉くん?」
「ねぇ、凛ちゃん。凛ちゃんはさ。初恋の人とか覚えてる?」
どうしていきなりそんな質問をしたのかは分からない。けれども、俺はどうしてもそれを聞かなければいけない気がしたのだ。
「……覚えてるよ」
凛ちゃんはハッキリとした声で答えた。そして一度、唾を飲み込んでから、まるで覚悟したかのように真摯な瞳で俺を見ながら続けた。
「……幼稚園のとき。私、すごい泣き虫だったから男の子からいじめられてたんだけど、一人の男の子がね。助けてくれたの」
その男の子のことを思い出しているからなのか、凛ちゃんの表情はとても柔らかいものになっていた。
「すごく、かっこよかった……。もう、全部が大好きになって……。子どもだったけど……ううん、子どもだったから絶対この人についていく!って思ったもん」
「……その男の子、そんなにかっこよかったんだ」
「うん!……でもね、一つだけ私、許せないことがあって」
「……なに?」
「……その子はね、自分の名前が嫌いなんだって。良い名前なのに」
ここまできたら他人の空似なんかじゃない。俺は確信した。
凛ちゃんは俺の初恋の人。名前はそう、松前 凛汰(まつまえ りんた)。泣いたせいで赤くなった目元を柔らかくして、ふにゃって笑う顔が可愛くて、俺は凛汰に一目ぼれしたのだ。
けれども、凛汰は小学校にあがる前に引っ越してしまって俺の初恋は叶わなかった。まさか、こんな形で再会するとは思いもよらなかった。
今すぐにでも、抱き締めたかったが俺はぐっとそれを我慢して凛汰の話に耳を傾けた。
「だからとても良い名前なんだよ、って説明したの。……落葉っていうのは葉が落ちるから悲しいことかもしれないけど、その葉は黄色とかオレンジとか鮮やかな色になってヒラヒラ舞ってとっても綺麗なんだって」
「……うん」
そんな風に言ってもらえたのは生きてきた中で凛汰が最初で最後だった。
俺にとって一番のコンプレックスだった名前が誇らしく思えたのも、そのときが最初だった。
「……でも」
声が震えている。凛汰は俺から視線を外して眉間に皺を寄せて、真っ黒な瞳から大粒の涙を零していた。
「"葉くん"には……伝わらなかっ――」
「違う!!」
涙で震える声を遮って、気付けば俺は大声で叫んでいた。
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