ことこと、と鍋が音を立てるのを一真はじっと見つめていた。
ふんわりと美味しそうな匂いが漂って手を出したくなるが我慢して押しとどまる。
そんなとき、ドアの開く音がして振り向くと髪を濡らしたままの忠正が入ってきて一真は一目散に忠正のところへと向かった。
「忠正!う。あ、だ、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。あ、鍋見ててくれてありがとうございます」
「う、うん!」
にっこりとほほ笑まれて一真は喜んだ。
あの後、結局もう一度行為に耽り体を清めるために一緒に風呂に入ったのだが、一真が忠正の中の精液を掻き出そうとすると断固として忠正が拒否した。
俺が出したのだから俺が処理する、と駄々をこねる一真に忠正は後始末なんてこと一真様にさせてたまるか!と上手く誘導して代わりに鍋を見ててもらう、というお願いをした。
それは成功して渋々ながらも諦めてくれて、真剣に鍋を見ててくれた一真にときめきながら忠正は言った。
「それじゃあ、晩ご飯にしましょう」
***
よく煮込んだ煮物は我ながら美味い、と忠正が味の染みた人参を食べて手伝ってくれた一真を褒めようと正面に座る一真を見た瞬間、驚きに目が丸くなった。
嬉々として食事をとっていたはずの一真が今はボロボロと声を出さずに泣いていたのだ。
「か、一真様!どうしました?どこか痛いところでもありますか?」
「ち、がう」
箸を置いて忠正が焦りながら尋ねると一真は首を横に振った。
その拍子に涙が机に小さな水溜まりを作った。
「それならば一体…」
「た、忠正は…俺のこと、きらい?」
「な、何をおっしゃってるのですか!そんなことあるはずありません!!」
「じゃ、じゃあ、なんで中に、出しちゃいけないの?」
「そ、それは…!」
子犬のような瞳に見つめられて忠正は言い詰まった。
貴方が好きすぎて恐れ多いからです、なんて重すぎやしないだろうか。
言うべきなのか言わないべきなのか。
口ごもる忠正に一真からの視線が忠正を苛み耐えきれなくなって、忠正は息を大きく吸ってから一真を見つめた。
「一真様、俺は貴方のことが大好きです。…いや、愛しています」
「お、おれもだよ!」
「ありがとうございます。一真様、俺は愛してるからこそ中出しを断るんです」
「な、なんで」
心底分からない、という表情をする一真に忠正は自嘲ぎみに笑って言う。
「俺は貴方を神聖な方とずっと見てきました。犯すことのならぬ存在として」
「…おれ、そんな、すごい人間じゃ、ない」
「そんなことありません。一真様は素晴らしいお方です。…その感覚は年を取ることに貴方の様々な魅力を見て感じて、大きくなっていきました。触ることすらおこがましいのに…俺は貴方と交わってしまった。あの瞬間の幸福感は堪らないものです。…けれど同時に俺は交わる度に罪悪感に苛まれます。嬉しいけど恐くて、泣けてくる」
「……だから、嫌だっていうの?」
「………え?」
「…俺は、忠正を愛してるからこそ中出ししたい」
「あ、あの一真様?聞いてました?」
焦る忠正をよそに一真は忠正の腕をとり、ソファへと移動して追い詰めた。
「この世に犯しちゃいけないものなんてないよ」
「そんなことは…。それより一真様、い、いつもと口調が…」
「まぁ俺をどう見ようが忠正の自由だけど、愛してるからキスしたいしセックスもしたい。俺達は男同士だから子どもは出来ないけど中出ししたい。だって俺のが忠正の中に残って吸収されるんだよ?素晴らしいじゃないか」
「そ、そうですが…」
「第一、そんなに中出しが嫌だったらゴムをつければ良いのに忠正は用意したことないよね?」
「そ、それは!…少しでも一真様に気持ち良くなってもらいたいからで…」
「ふーん?」
「と、とにかく!一真様と俺とでは…!!」
「何?」
「ち、違うんです…いろいろ…」
段々と忠正の声が小さくなっていき、嗚咽が漏れ始めた。
自分の矛盾に気付きちょっとしたパニック状態に入った忠正忠正の震える背中を一真は優しく撫でた。
「俺は忠正を愛していて忠正も俺を愛してる。じゃあ俺達は同等だよ。恐れる必要はない」
忠正の瞳が揺れる。
一真は笑って言った。
「愛してるよ、忠正」
おわり
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