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「っ…」

一時間ほどボーッとしてそろそろ起き上がろうとすると体の節々が悲鳴をあげた。
それでもなんとか立ち上がってゆっくりと警備員室に向かう。そして倒れ込むようにシャワー室へと入り、服を手早く脱ぎ頭から湯を浴びた。

「あ"ー…」

傷に湯が染みる。
多分、骨折はしてないだろうけど数日はまともに動けないと思う。
まぁほとんど人は来ないし、業務になんの影響もないだろうが萩原になんて言おうか。
幸い顔を殴ってきたのはあの赤髪一人だけだったので見た目はそんなに酷くない。
けれど自分の腹を見てみると酷い有様だ。皮膚が抉れていたり、青や紫の痣やが埋め尽くされていて気持ち悪い。
ずっと見ていると吐き気がして俺は嘔吐した。口の中が酸っぱくなって不快極まりなかった。

シャワーから出て刺激しないよう体を拭いてから、消毒と止血をして酷いところにはガーゼをあてて簡易ベッドに寝転ぶ。
服も予備の警備服を身に着けて心なしか気が楽になった。

ずっと真っ白な天井を見ているのが苦になって、ゆっくりと寝返りをうつ。
すると同じタイミングで電話がけたたましく鳴り響いた。
重い体を叩き起こして電話に出て俺は後悔した。

「もしもし」
「行弘君?今から理事長室来れる?」
「……どうしてでしょうか」
「ちょっと確かめたいことがあってね。なるべく早く来てね。あ、あと携帯は常に持っておくこと。じゃあ」

無情にも電話が切られて、ツーツーと耳障りな音が残る。
萩原の確かめたいこととは、どうせさっきの転入生のことだろう。
電話越しに馬鹿みたいに騒いでいる転入生と周りの奴の声が聞こえた。
痛みに耐えた俺の努力など呆気なく水の泡となったのだ。

一体、俺はどうなるんだろうか。
またあの生活に逆戻りするのか、はたまたそれよりもっと辛くて酷い生活になるのだろうか。
机に置きっ放しだった携帯を開くと着信が六件もあって、俺は泣きたくなった。



***

豪奢な扉をノックすると「どうぞ」と返されて、俺は唾を飲み込んでから中へ入った。
すると転入生の周りの奴等の刺々しく冷たい視線が俺に突き刺さったが、俺には痛くも痒くもない。
そんなことより俺は、椅子に座ってニコニコしてる萩原が恐ろしくて堪らなかった。

「ご用件は何でしょうか」
「言ったでしょ。確かめたいことがあるって」
「……俺は無実です」
「っテメェ!ふざけんな!!」
「そうですよ。咲ちゃんがどれほど怖かったのか分かってるんですか?」
「ほんと、ムカつくよねぇ〜」

うるさい。そう叫びたかったが二の舞になるのを恐れて俺が口を噤んでいると萩原がいつも貼り付けている笑顔を消した。

「黙れ」

この場にいる全員が息を飲むのが分かった。
口調どころか雰囲気さえ変わって萩原が全くの別人のように見える。
そういえばヤクザだったよな、なんて場違いなことを思い出した。

「ねぇ、行弘君。ほっぺた。どうしたの」

ゆっくりと俺に歩み寄って萩原は壊れ物に触れるかのように俺の頬を撫でる。
優しい手つきとは裏腹に瞳は冷めきっていて、喉が震えた。

「………別に」
「ふふふ。良くないねぇ、正直になってくれないと。まぁ、そこが良いんだけどね。馬鹿で」

無表情のまま声だけ笑う萩原は不気味だ。

「行弘君が答えてくれないなら、他の子に聞くよ。ねぇ、誰が行弘君を殴ったの?」

萩原は転入生達へと視線を移す。
まるで蛇に睨まれたかのように転入生達は固まっていたが、いち早く元に戻った赤髪が転入生を後ろに庇いつつ前へと出てきた。

「最初に殴ったのは俺だ。そいつが咲を襲っ―――」

肉が抉れるような骨が砕けるような。
とにかく嫌な音が部屋に木霊して、赤髪が吹っ飛んだ。
どうやら萩原が赤髪を蹴り飛ばしたようだが人間離れした脚力に皆が驚愕する。
けれど萩原は更に床にだらん、として虫の息な赤髪に近付いて足で腹を思いっきり蹴った。

「うがあっ!!」
「次は誰?」




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