小説 | ナノ
すっかり夜になって少し肌寒い。
俺は九時になったのを確認してから帰り支度を始めた。

窓を閉めてガスの元栓もチェックして警備員室の鍵を閉めて街灯を頼りに職員寮まで向かう。
人っ子一人もいない暗い夜道は不気味だが、今から行く場所に比べれば天国だ。

行きたくなくとも歩いていれば案外すぐに着いてしまう。
職員寮に入ってすぐのエレベーターに乗り込み、専用のカードリーダーにポケットから取り出した黒いカードを読み込ませて最上階のボタンを押した。
するとすぐにエレベーターはチン、と目的の場所で扉を開く。
俺は足が重たくなるのを感じとりながら再びカードリーダーにカードを読み込ませて部屋へと入った。

「おかえり、行弘君」
「………ただいま」

さも当たり前のように挨拶してくる萩原に素っ気無いが一応返事を返す。
気分を損ねられたら家族がどうなるか分からない。
そんな俺を分かっているのかいないのか萩原はヘラヘラしながら自分が座るソファの隣をポンポン叩く。
仕方なく座るが、全身鳥肌が立っている。

「ねぇ、行弘君は咲のことどう思う?」
「え?あー………素直な子だと思います」
「ふふ、正直に言ってごらん」
「………」
「怒らないよ?」
「…失礼なホモ野郎」
「くくく、良いね、行弘君。正直だ。しかも的を得ている」

心底楽しいという風に萩原は笑って俺の髪を弄る。
それとなく距離をとろうとするが逆に近付いて来られた。
ていうか、甥の悪口を言われて怒るどこか笑うということは嫌いなのだろうか。意外だ。

「あの子は、きっと面白いことを起こすよ。行弘君より頭が悪いから」
「…へぇ…」
「ふふふ。ねぇ、行弘君。楽しみだね」
「そうですね」
「行弘君」

萩原の長くてゴツゴツした指が俺の唇をなぞったあと、その指を見せつけるように舐める。
俺は指をどけて互いの唇をぶつけた。
すぐに離れるが、萩原は笑ったままで気持ち悪い。早く死ね。



***

萩原の言う「面白いこと」はちょうど三週間後に起こった。

麗らかな昼下がり。俺が眠気と死闘を繰り広げていると遠くからドタドタといくつもの足音が聞こえた。
何事だ、と外に出てみるとあのもじゃもじゃ転入生がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
…嫌な予感しかしない。
慌てて警備員室に戻ろうとしたが意外にも転入生の足は速く、案の定体当たりされてよろける。
最近、大して動いてないおかげで鈍っていた体がその衝撃に耐えれるはずもなく俺は転入生共々倒れ込んだ。

「い"っ…!」
「いってー!!あ!ごめん!!大丈夫か!?」

大丈夫なわけねぇだろ!もじゃホモ!!
文句を言ってやろうと顔をあげた先には、もじゃもじゃではなくサラサラのブロンドが輝いた。あの掛けていたはずの瓶底眼鏡も外れて真っ青な瞳と目が合う。
……男のくせに女みたいな顔とかねぇわ。気色悪い。
すっかり気持ちも冷めて冷静になった。

「…退いてくれませんか?」
「咲!やっと追いついた!」
「げっ!お前ら…」
「逃がさねぇぜ…」
「咲ー、俺と付き合って?」
「だっ、だから無理だって!」

堂々と俺の上に乗る転入生を出来ることなら張り倒したい。
けれど一応、こいつは学校の生徒で俺がもてなすべき相手だ。乱暴なことは出来ない。
なるべく優しくかけた声は副会長によってかき消され、よく分からないがバラ色ホモワールドが展開し始めた。




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