小説 | ナノ
「まぁ、お茶でもどうぞ」

ソファに座らされて机には湯気を立てた茶を置かれた。
しかし俺は手を伸ばさずに男を見つめる。
三十前後だろう目の前の男以外事務所には誰もおらず、やけに静かで気味が悪い。

「そんなに怖がらないでよ。行弘君」
「……単刀直入に言います。俺の臓器を売ることは可能なんですか」

男は何が楽しいのかずっとニヤニヤしている。
脱色しまくった髪は荒れていて、頬には大きな傷跡がある。
しかし端整な顔立ちはそれらのマイナス面さえ消していた。

「可能だけど行弘君のお母さんの借金を返すには行弘君の臓器、全部必要だよ?死んでまで行弘君は母親を助けたい?」
「助けたいです」

迷うことは無かった。
今まで頑張って育ててくれた母さんに恩返しが出来るのなら俺は死んでも構わない。
しかも俺一人の命で母さんだけでなく弟や妹達も救われるのだ。むしろお釣がくる。

「そう。やっぱり良いね、行弘君。壊してやりたくなる」

くく、と男は笑って俺の頬を撫でた。
その手つきが気持ち悪くて眉をしかめたが男は気にすることなく触れてきた。

「俺の臓器、全部。買って下さい」
「良いね、行弘君。でも馬鹿だねぇ、行弘君」
「……」

何を言っているのか分からない。
胡乱な目で男を見ると男は一度声をあげて笑った。

「ねぇ、行弘君の臓器を仮にオレが買い取ったとして。そのお金は、何処に行くんだろうね」
「そんなの…母さ……………、…っまさか!」
「くくく、気付いた?馬鹿だね、行弘君。君が死んだらそのお金をどうしようとオレの自由ってこと。どうせ一人で勝手に決めて此所へ来たんでしょ?」

悪びれもなく、笑い続ける男を睨むが効果は無い。
相手がヤクザということを忘れていたのか俺は。
例え誓約書やら証人を用意しようと消されて俺の臓器は男の手に渡り、母さんは苦しみ続けるというのがオチだ。
切羽詰まっていたせいで正常な思考が働かなかったのだ。

「ああ、本当に素晴らしいよ、行弘君!」

今すぐにでも殴りかかってやりたいがぐっと堪える。
ふわりと俺に覆いかぶさって近距離で顔を覗いてくる男からは顔に似つかわしい甘い匂いがした。

「ふふふ、行弘君に良い話があるよ。聞きたい?」
「…は、い」
「オレさ、こうみえても学校の理事してるの。今、ちょうど人手不足でね。一人ばかり警備員が欲しいんだけど。やる?」

男の語尾の最後は上がったが、それは意味の無いことだった。
どんなに細い糸だろうが今はすがりつくしかない。

「やりたいです」
「良かった。住み込みなんだけどきちんと働けば行弘君のお母さんの借金無しにしてあげるし、家族全員分の生活費もあげる」
「…本当ですか」
「本当だよ。確認のために毎日連絡とっても良いし。そうだね、二週間に一回ぐらいは帰って良いよ」

あまりに上手く行き過ぎる展開に俺は疑問を持たずにはいられなかった。
愉快犯な男がこんなに易々と話を進めるのか。絶対に裏がある。
そう読んだ俺の勘は当たって男はニヤリと笑って言った。

「でも条件があってね。一つは、俺の部屋で寝泊まりすること。あともう一つは毎日一回はオレとキスすること。どう?」
「正気ですか」
「ふふふ、ほら」

楽しそうに男は自分の唇をなぞる。
鳥肌が立って全身がぞわぞわする。
今にもくっつきそうな距離だが男は、全く動く気配がない。
男とキスなんて冗談じゃない。気持ち悪い。

「しないの?別に良いけど。そういえば行弘君の妹はもう中学生だよね。生理も、もう来た?最近の子は発育が良いよね。胸もなかなか大き、ん」
「………これで良いですか」

男は始終笑っていた。




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