小説 | ナノ
安心すると人間というものは気が抜けて、欲に正直になる。
レトも同じで控え目だがしっかりと腹がなる音を部屋に響かせた。

「………」
「……申し訳ありません…」

ハヴェルが少し距離をとって、レトを見つめるとレトは顔を真っ赤にして俯いた。
うー、と混乱するレトをハヴェルは軽々と抱き上げる。決して荒々しい手つきではなく、優しく。

「え。あ、あの…」
「腹が減ったのだろう?」

戸惑うレトを抱えたままハヴェルは移動して、ソファへと座らせる。
そしてさっさと部屋を出て行ってしまった。

そういえば昨日の晩から何も食べてなかったな…、と考えながらレトが居心地悪くそわそわしていると数分も経たない内に盆を両手に持ったハヴェルが器用にドアを開けて帰ってきた。
そのままローテーブルに盆を置いて、レトの隣に座った。

「食べろ」
「…あ、ありがとうございます!」

先ほどからの紳士的な行動にレトは驚きを隠せないが、言われた通り食事に手を伸ばした。
温かいスープは体を芯から温め、柔らかい肉は腹を満たす。美味しい料理に舌鼓を打ちながらレトは戸惑っていた。

基本的に食事は部屋に届けられる。今日はまだ給仕する時間では無かったのにわざわざハヴェルが取りに行ってくれたのだ。
食事をディアスとなら当然一緒に食べるのだが、ハヴェルと一緒に食べるなど初めてのことでレトは緊張を隠せない。
チラリと横目でハヴェルを見ると上品にスープを飲んでいる。
ディアスと食事をとった時もだが、育ちの違いを見せつけられてレトは少し凹んだ。



「ごちそう、さまでした」
「ご馳走様でした」

数テンポずらして二人は言った。
レトが食器を片そうとするとハヴェルが先にひょいと盆を持ち上げて外に出してしまった。
レトは仕事を取られて歯痒くなる。けれど口答えするのもどうかと思い押し黙っていると戻ってきたハヴェルが口を開いた。

「…今まで悪かった」
「…?なにがですか?」
「…体、痛むだろう」
「だ、大丈夫です!これくらい!」
「……そうか」

初めて労りの言葉をかけてもらったレトは喜びを隠せず、笑顔で元気だと言い張る。
ハヴェルはその明らかなやせ我慢を見抜いたが、レトのために黙っておいた。

それから何もないまま無言の状態が続く。
ハヴェルは表情には出さないが落ち込んでいて喋らなくなり、レトはどうすれば良いのか考えて、とにかく沈黙を破ろうと声をかけた。

「あ!あの!」
「何だ」
「えーと、その…あ、お、お風呂まだ入ってませんよね!」
「ああ。一緒に入るか」
「え?わっ…」

ハヴェルは直ぐに行動を始めた。
レトは、どうぞ先に入って来てください、と声を掛けようとしたのだが再び抱かれて移動され混乱した。
ハヴェルはそんなレトを余所に素早く衣服を脱いでいく。相変わらず鍛え上げられた肉体は綺麗だな、と呑気にもレトは思った。

「…湯を溜めるか」

独り言を言ってハヴェルは蛇口を回し、湯を溜め始めた。
もくもくと熱気が広がっていく。
ハヴェルはレトが纏っていたシーツを剥がし、優しく腰を持って一緒に風呂場へと入った。




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