小説 | ナノ
 いよいよバレンタイン当日。今日は男子も女子もどこか浮き足立っていて落ち着かない。
 そんな中、俺は机に突っ伏して視界をシャットアウトしていた。
 一昨日、佐橋を突き放してからずっと俺は佐橋を避けてきた。朝はギリギリに登校して、休み時間にはすぐに教室を出る。そして一日の授業が終われば誰よりも早く、学校を出た。
 そんな俺を見て、佐原は心配そうに「喧嘩でもした?」と聞いてきたが、なるべく不安を煽らないように答えた。佐原は少し納得がいかないようだったけれど、俺がケーキ作りにはきちんと参加していたので問い詰められることは無かった。
 昨日の晩、とうとう佐原は初めて美味しそうなケーキを作り上げた。見た目も綺麗でほんのりと甘い香りを漂わせるそれはとても食欲をそそり、正に佐原の努力の結晶だと思った。
 佐原は放課後に渡すらしく、今は友達と楽しそうに話している。その顔はどこか自信に満ちていて、輝いていた。

「……これで良い」

 ポツリと呟いた言葉はクラスの喧騒にかき消された。
 佐橋はと言えば、案の定女子に引っ張りだこでほとんど教室にいない。けれど、誰からもチョコは受け取っていないようだった。 やっぱり本命は――。
 それ以上、考えたくなくて俺は俯いたまま、より目を瞑った。

「…………くん、高岳君!」
「! ……佐原、どうかした?」

 いつの間に近付いたのか、顔を上げればすぐそこに佐原がいて俺は目を瞬く。

「もしかして気分とか悪い?」
「いや、ちょっと寝不足なだけだから大丈夫」
「ほんっと、お兄ちゃんが我が儘言ってごめんね」

 昨日の晩、佐原と一緒に作ったケーキを言われていた通り辰美さんにあげようと思っていたのだが、ちょうど帰ってきた辰美さんに早速あげれば、顔をしかめて「嫌だ!」と断られてしまったのだ。辰美さんの言い分は、まだバレンタイン当日じゃないしラッピングも無くドキドキ感が皆無。何より、辰美さんのことだけを考えて作ったケーキが良いとのことだった。
 これを聞いたときは、流石に顔が引きつった。佐原も自分の兄がこんなに気持ち悪いとは思っていなかったらしく、可愛い顔を引きつらせていた。
 かなり面倒臭かったが、辰美さんが延々と駄々をこねる気がしたので俺は渋々了承した。あまりにも、遅くまでいるのも迷惑だろうし俺は自分の家で夜中にケーキを作って佐原からもらったものでラッピングもきちんとした。だから寝不足というのは嘘でない。
 あと一応、そのケーキは今、俺の鞄の中にある。まぁ学校が終わったら、辰美さんに連絡をとってさっさと渡すつもりだ。

「高岳君には迷惑かけてばかりで、本当に申し訳ないんだけれど…実は今日ね、お兄ちゃん、学校に来るみたいなの」
「……何しに?」
「高岳君のケーキをもらいに」
「大学は?」
「サボるみたい」

 俺達は数秒見つめあったあと、同時にため息をついた。

「高岳君を驚かしたかったみたいなんだけれど、言っといた方が良いと思って……」
「わざわざありがとう、佐原。助かった」
「ほんと、迷惑ばっかかけちゃってごめん!」
「佐原は悪くないよ」
「でも……」
「佐原は今日、佐橋に渡すことだけ考えてなよ」

 俺がそう言えば、佐原は驚いたように目を大きく見開いてから照れたように笑った。そして「頑張るね」と一言残して、友達のところへと戻っていった。
 その後ろ姿を見て、胸がツキリと痛む。早く何も感じたくなくなりたい、と願うと同時に絶対に無理だろうな、と矛盾する想いを胸に俺は再び机に突っ伏した。



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