俺は小さい頃、上手にケヴィンが言えなくて最初はケイン君って呼んでいた。それが段々と略されていってケン君。そんなこと、すっかり忘れていた。
「う、わー! なっつ! 久し振り!」
「ああ、久し振りだ。全然変わっていないな、イチは」
「いや、あの頃より確実に身長伸びてるから!」
俺の話を聞いているのかいないのかケン君は俺の頭をなでなでしてくれる。
小さい頃とは違う大きな手のひらが俺の髪の毛をぐしゃぐしゃにするけど、そんなのどうでも良くなるくらい嬉しくて俺は目を細めた。
「ふへ」
「やっぱり変わっていない。その笑顔も、さっきの泣きそうな顔も」
ケン君の言葉から推測するに、俺の泣きそうな顔を見て俺がイチだって認識したんだろうけど、そんなに俺ってば変わってないかな? たしかに、実は涙脆いし間抜け面だけど色々と成長したはずだ。
まぁ、その成長のせいで今は困っているんだけれど。
さて、一体どうすれば床に落ちた精液を誤魔化せるだろうか。明らかに体内から零れ落ちるところを目撃されたあげく、今の格好となればどう考えても言い逃れは出来ない。だからといって、さっきまでえっちしてたから! なんて言えるはずがない。
俺の記憶が正しければ、ケン君は風紀の委員長をつとめていたはずだ。さらに学園一といっても良いほどに性に対してストイックという噂もあって、実際、ケン君が誰かと付き合っていたなんて聞いたことがない。
自然と額に汗が伝う。嫌われたくない、そう強く思うけれど嫌われる要素が今の俺にはやまほどある。
とにかく、少しでも体を隠そうとさり気なく、かつ気付かれないようにシャツを引っ張っていると笑顔だったケン君の顔が曇った。
「イチ」
「! あ、あの、これは、そのっ」
「すまない」
ケン君は俺をギュッと抱き締める。そして耳元で悲痛な声を出しながら囁いた。
「もっと早く来ていれば助けられたのに……!」
………………物凄い勘違いしてないか、ケン君。
俺と幸君は合意の上ってか、俺から誘ってえっちしたんだ。決して強姦なんかじゃない。
「ケン君……」
でも、本当の事実を言うことを考えると怖くて指が震える。
俺ってば、本当に嫌われるのが怖くて仕方ないんだ。
「イチ……」
俺を気遣って、優しく背中を擦ってくれるケン君に胸が締め付けられる。
本当のことを言えば嫌われるかもしれない。けれど、言わなければ心にわだかまりが残って後悔することは目に見えている。三郎にも、好きだ、と伝えておけば違った未来があったのかもしれない。
もう、同じ失敗はしたくない。嫌われるのはそりゃあ怖いけれど、正直に事実を話した方が俺のためになる。
からからになった唇を舐めてから俺はケン君に視線を合わせた。
「違うんだ」
「イチ?」
「多分、ケン君は俺が強姦されたと思ってるんだろうけど違うんだ」
ケン君の瞳が大きく開かれる。
「俺、好きな奴にフられてさ。むしゃくしゃしてたから合意の上でえっちしたの」
そう言えばケン君は口で手を覆った。そして、俯いて何かブツブツと呟く。小さくて聞き取られず、悶々するけど戸惑っていることは見てとれた。
でも、俺はとてもスッキリしていて気分が良かった。
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