どれぐらい走ったのだろうか。気付けば、寮を飛び出して学園の方まで来てしまったらしい。
鼻をずびずび鳴らしながら、近くにあったベンチに腰かける。とにかく気持ちを落ち着けようとしてみたものの、涙と鼻水は止まることなく溢れ出す一方だった。
今まではいくら拒絶されようが、ここまでは落ち込まなかった。それも中途半端に期待してしまったからだろう。勿論、勝手に夜這いした俺が悪いのだが、途中からのってきた三郎も三郎だ。どうせなら、最初っから最後まで嫌がって欲しかった。
「ざぶろ、のっばがぁ……ひっ、ぐ」
もう、涙と鼻水を手で押さえるのも億劫になって足を曲げて顔を俯かせる。ズボンの膝小僧の部分はベチャベチャになるけれど、気にしてる余裕なんて無かった。
「っひ、ふ、ぇ」
「どうしたの?」
「ふぇ?」
いきなり近くから声がしたものだから驚く。
顔をあげれば、綺麗な人が俺を覗き込んでいた。
「真っ赤だよ」
「ん、ぶ」
綺麗な人は優しく、擦り過ぎて赤くなった目と鼻をハンカチで拭いてくれた。
俺はされるがままで、じっとする。こんな綺麗な人に世話されるなんて嬉しいことこの上ないし、今日は休みで学園の中庭なんてところに俺達以外に人はいない。なので親衛隊にチクられることもないのだ。
「可哀相に。誰に泣かされたの?」
綺麗な人はまるで自分のことのように親身になって慰めてくれる。それが嬉しくて思わず抱き付けば、嫌がることなく頭を撫でてくれた。
「ここは寒いし、移動しようか」
気遣いもできるなんて本当に良い人だ。でも、俺は人肌が恋しくて離れたくない。抱き付いたままでいると、綺麗な人は俺をヒョイと抱き上げた。
突然、足元をすくわれて驚く。不安定で、思わず綺麗な人の首もとに抱き付けば綺麗な人は何故か嬉しそうに笑った。
* * *
綺麗な人は、わざわざ俺を部屋に招いてくれてさらには風呂まで貸してくれた。
風呂に入ったおかげか少しサッパリして、涙と鼻水も止まった。
さらに着替えまで用意してくれて、有り難いにもほどがある。
「スッキリした?」
「うん、ありがと」
「良かった」
俺がリビングにいけば綺麗な人は、俺をソファに座らせて温かいミルクをくれた。礼を言ってから、火傷しないようにゆっくり舌を伸ばす。
「ん……」
甘いミルクをちまちま、と飲む。
泣き過ぎて喉が渇いていたのだろう。ミルクがとても美味しく感じられた。
「…………」
「?」
ふと視線を感じて顔をあげれば綺麗な人と視線が交わる。
改めて見ると、綺麗な人は長い睫毛に高い鼻、サラリとした髪の毛はキラキラと光ってまるで童話の王子様のようだ。三郎とは違った美形で、みとれてしまう。
そういえば、俺はまだこの人の名前を知らない。自分でも面食いということは自負しているが、俺が好きなジャンルはイケメンだ。イケメンは全てチェック済みだから名前が分かるんだけど。綺麗な人は少し、勝手が違う。
でも、よく見てみればなかなか男らしい顔立ちだ。ただ、彫刻のように綺麗なだけで。
――綺麗な人も悪くない。
「……名前、聞いても良い?」
じっと見つめて言えば綺麗な人は笑って、幸(ゆき)と答えた。
「幸、君」
「ん?」
「えっち、したい」
ちゅ、と唇にキスすれば幸君は驚くことなくふわり、と笑って俺の腰を抱いた。
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