小説 | ナノ
 佐橋の瞳が真剣そのもので、胸がバクバクと激しく動き、嫌な汗が背中を流れる。
 俺は上手く動かない唇でなんとか言葉を紡いだ。

「な、に言ってんの。好きじゃないよ」

 そう言って佐橋から逃げるように目を背ける。
 余計、疑られるかもしれないけれど、面と向かっていたらボロを出しそうで怖かった。

「本当に?」
「うん……」

 本当のことだ。俺は佐原が好きじゃない。けれど、声が震えたのは動揺しているからだろう。
 だって、佐橋がわざわざこんなこと聞いてくるなんて牽制をかけた嫉妬だ。最近、急に俺と佐原の距離が近くなったことに勘づいたのだろう。誰だって、想いを寄せる子が自分以外の誰かと親密になれば気になって、いてもたってもいられないはずだ。
 胸が痛い。まるで針で刺されているようにチクチク痛む。じわ、と目の奥から涙が溢れ出しそうになって俺は潤んだ瞳を見られないよう足元を見た。
 もう何も言わずにどこかに行って欲しい。初めて佐橋に対してそう思った。けれど、佐橋が立ち去るような気配はない。それどころか、俺の頭上から絞り出すようにして声が発せられた。

「……実は俺、この前スーパーで2人が一緒にいるところ見たんだ」
「っ」
「高岳、すごい楽しそうに笑ってた……。本当に好きじゃないの?」

 わざわざ俺の肩を掴んで言う佐橋に苛ついた。

「……じゃない」
「え」
「好きじゃないって言ってんだろ!」

 瞳から涙が零れそうだったけれど、俺はそれをぐっと我慢して顔をあげて佐橋を睨み付けた。佐橋は、すごく驚いたようで目を大きく見開いている。

「何回言ったら分かるんだよ! なんで勝手に決め付けるわけ? 俺ってそんなに信用ない?」
「ちがっ」

 こんなことが言いたいんじゃない。けれど、口が勝手に動いて止まらない。

「何が違うんだよ、心配しなくても佐原はただの友達だし恋愛感情なんて1ミリももってないから、……邪魔しないから!」
「な、に言って……。高岳!」

 もう、涙を我慢出来そうになくて逃げ出そうとしたのに佐橋が腕を掴んでくる。

「離せ!」
「高岳、何勘違いしてるのか分からないけど俺が好きなのは――」
「っ! ウザいんだよ!」

 瞬間、力強く俺の腕を掴んでいた手から力が抜けた。好機とばかりに腕を取り返して、俺はがむしゃらに走った。
 もしかしたら、佐橋が後ろから俺を追いかけていたかもしれないけど、俺はただ逃げることだけを考えていた。

 家に入って、すぐさまに俺は鍵をかけた。玄関には俺の乱れた息が響く。
 幸い、今日は両親が二人とも帰って来ない。こんな涙でぐちゃぐちゃな顔を見られないで良かった。もし、見られたら全てを吐き出させるだろうから。

「……っ」

 ウザい、だなんて言いたくなかった。出来ることならば、もっと穏便に事を済ませたかった。
 佐原のことは好きじゃない、って言えば佐橋がそっか、って答えて。その後は二人で駄弁りながら一緒に帰って。
 佐橋と仲良くするのはバレンタインまで、って思ってたけど早くなってしまった。自嘲気味に笑おうとしたけど、嗚咽が喉につっかえて無理だった。




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