短いようで長い出張という名のアドルフのお守りから帰ってきたディアスは騎士団に顔を出すのではなく、早々に宿舎へと向かった。
そして自分の部屋ではなく、ハヴェルの部屋にノック無しにズカズカと入り込み、リビングへと足を向ける。
そしてレトを見つけるやいなや、その小さな体を抱き締めた。
「レト! ただいま!」
「!? ディアス様っ!」
レトは突然のことに驚いたものの、すぐにぎゅうぎゅうと抱き付き返す。
喜びのあまり、何度もディアスの名前を呼べば、ディアスも同じようにレトの名前を呼んだ。
「ディアス様っ、おかえりなさい」
「うん、ただいま」
体勢を立て直し、改めて挨拶をする。
まるで子犬のようにはしゃぐレトが、あまりにも可愛くてディアスはだらしなく顔を緩めた。
やっと帰ってこれた。ディアスはレトの頭を撫でながら一息つく。
今までは部屋を長い期間留守にしていても特に気にかけることも無く、自分のすべきことを遂行していた。
だが、今回は違った。
アドルフのもとに着いてから、色々としなければならないことがあるのに考えるのはレトのことばかり。ちゃんと三食きっちり食べているだろうか、風呂に入れてるだろうか、怪我とかしてないだろうか、考え出せばキリが無くて気が気じゃなかったのだ。
けれど帰って来てみれば、見たところレトに不調はまったく見当たらない。その瞬間、ディアスは安心すると共に自分自身が思っていたよりレトを大事にしていることを知って、笑えた。
まるで子煩悩な親みたいだ。そう思って、レトを見れば今まで以上に可愛く見える。見た目が、とかではなくて醸し出すオーラとでも言うのだろうか。一週間前よりも、守ってやらなくては! という気持ちを駆り立てられるのだ。
思わずレトの前髪をかき上げて額に唇を落とせば、レトはくすぐったそうに笑う。可愛くて、からかいたくなり、ディアスは少しおどけた口調で言った。
「ハヴェルにいじめられなかったか?」
「すっごく優しくしてくれました!」
「……本当?」
「はいっ! ご飯も一緒に食べて、お風呂にも入って、ずっと一緒にいてくれました!」
ディアスは自分で聞いておきながら、その返答が信じられなくて顔をしかめた。
あの傍若無人なハヴェルが誰かに優しくするなんて信じられない。しかも、ずっと一緒……? そんなのは有り得ない。だってアイツは猿みたいな性欲を持ち合わせていて、誰も呼ばずに我慢なんか出来ないはずだ。
けれど、目の前で楽しそうに話すレトが嘘をついているようにも見えなくて、混乱しているときだった。
「……帰ったのか」
ハヴェルが帰ってきたのだ。
相変わらずの無表情で優しさの欠片も感じられない雰囲気にディアスは不信な気持ちがつのる。
だが、ディアスがハヴェルを問い詰めようと口を開く前にレトがディアスの腕の中から抜け出してハヴェルのもとへと向かったのだ。
危ない! そう感じ止めようとするが、既にレトはハヴェルの目の前にいて。慌ててディアスが立ち上がった瞬間だった。
「ハヴェル様、おかえりなさい」
「……ああ、ただいま」
ハヴェルが笑ったのだ。
あの鉄仮面のハヴェルが笑うなんて天変地異の前触れじゃないだろうか。それか、あのハヴェルが偽者か。
とにかく目の前で起きていることが受け入れられなくてディアスは呆然としていた。
けれど、なんとも仲睦まじく2人が話す姿を見ているとディアスは段々、胸の奥が締め付けられるような感覚に陥る。それは、苦しいのだけれど辛くはなくて、嬉しい、でも淋しい。色んな感情が交ざりあったそれを例えるならば、巣立つ子を見送る気持ちだ。
やっと、人として一人前に……!
今まで、散々迷惑を被っただけあってディアスは目頭が熱くなるのを感じた。
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