ふと意識が浮上して初めて自分が気を失っていた事に気付く。
余りの快楽に気を失うなんて事があるのか、とぼんやりと考えて――…。
ベタベタに汚れているであろう今の自身の状態を思い出して真っ青になった。
制服は脱がされたけど、まず身体を綺麗にしないと服を着れない。
そもそもここは学校で、そんな場所でこんな行為をしてしまったばかりか、あんな声まで出して、誰かに…そう、見回りの先生などに気付かれたりしなかっただろうか。
慌てて身体を起こして、腰の鈍痛に思わず小さく呻く。
薬によるだるさは無くなったけど、明日は腰の痛みで動けなくなりそうだ。
それでもそれは決して嫌では無くて。むしろあんな事をしたからこその痛みが嬉しいくらいだ。
ふっと小さく笑ったのと同時にずるりと肩からブレザーが落ちて、それで漸く自分が裸では無い事に。それも、ベタベタですら無い事に気付いた。
身体を見回せば汚れの名残も無くて、思わずさっきの出来事が夢だったのではと疑ってしまいそうに――…いや、夢にしては腰は痛いし、綺麗になっている物の、裸にシャツを羽織っているだけの状態なのだけれど。
生徒会室は空調が部屋で管理できるので寒くは無いが、余りにも心許無い格好だ。
それに…先輩がいない。
一人だという心細さに一瞬だけ胸がざわついたが、肩から落ちたブレザーが自分のよりも一回り大きい…先輩の物だという事に気付いて安心した。
取り合えず服を着よう…と散らばっている服に手を伸ばした時、ドアの開く音に警戒をする。
が、入って来たのは先輩で。
僕に気がついた先輩が慌てて近寄って来た。
「目、覚めた?身体勝手に拭かせてもらったけど気持ち悪い所とか無いか?ごめんな、ちょっと取りに行ってて…」
「大丈夫です」
微笑んで口にした言葉は自分でもびっくりするくらい掠れていて、それを聞いてまた先輩が謝る。
「謝らないでください…僕だって望んだ事で、それに…嬉しいくらいだから」
本当の気持ちを伝える事が出来るという幸せに頬を緩めれば、先輩にキスをされた。
優しいキスに目を閉じて応じる。
ちゅ…と音を立てて離れた後、先輩は片手で口を覆いながら気まずそうに目を反らした。
「その…ごめん、服着てもらって良いか」
このままだと、また押し倒しそうになるから、という言葉に僕は慌てて服を身につけた。
先輩が取って来てくれたのは僕の靴で、玄関口から出ると先生に見つかるかもしれないからと僕達は非常階段から外に出た。
腰を心配する先輩に背負って運ぼうか、と言われたけれど丁重にお断りしておいた。
それでも荷物は持つと言われて、半ば取り上げられる様な形で今僕の鞄は先輩の肩に掛っている。
そして先輩の鞄は先輩が押している自転車の籠の中に。
「先生とかに見つかって無いかな…」
電灯と自転車の小さなライトだけが照らす夜道で、ポツリと心配ごとを口にする。
「大丈夫じゃないかな、見回りはまだしてないみたいだったし…それに、生徒会室辺りは信頼もあるからそんな近寄らないんじゃないか?」
今日の担当の先生も見回りが面倒だと零していたから、と安心させる様に笑ってくれる先輩に僕は何度憧れて、恋焦がれて、惚れれば良いんだろうなんて莫迦げた事を思った
「…丸本」
「はい?」
「今日も送って行くな」
丸本一人で帰させられないから、とはっきり言う先輩のその言葉は、僕と同じ伝えれなかった「本当の気持ち」なのだろうと今更気付く。
ああ、僕らは同じ気持ちを抱えていたんだ、と思うと胸がくすぐったいような嬉しい気持ちになって。
その気持ちのまま、素直に言葉を紡ぐ。
「先輩」
「ん?」
「あの、駅に着いたら自転車、駅裏に止めますよね…」
「うん、そのつもりだけど?」
「その駅裏から駅に入るまでの人目が無い所だけで良いから…ちょっとだけ手繋いでも…良いです、か」
ガシャーン!!
途端に先輩の手から自転車が離れ、物凄い音を立てて倒れる。
突然の事に飛びあがらんばかりに驚いたが、更に驚いたのは先輩が顔を覆ってその場で蹲った事だ。
「せ、先輩!?」
「…い」
「ど、どうしたんですかっ」
「…辛い…」
ぼそりと呟かれた言葉に慌てる。
もしかしてさっきのチョコの所為で、いやそれよりも無理をさせてしまったのかもしれない。
どうしよう、どこかに病院、それとも救急車…っとその場であわあわとしていると。
「…丸本が可愛すぎて、生きるのが辛い…」
「先輩、どこが辛いです……えっ…えっ?」
「不意打ちはダメだろ、可愛い過ぎる」
顔を覆っていて顔が窺えないので、思わず本当に目の前の先輩が喋っているのか分からなくなる。
もしかして先輩の声と凄く似た人がどこかで…と周りを見回したくなった程だ。
タイヤが回っているカラカラという音がやけに大きく響く。
その後そのまま暫く身悶えていたが、落ち着いたのか息を一つ吐くと立ち上がって倒れた自転車を立て直す。
「丸本…」
「は、はい」
「はい」
そう言って差し出されたのは先輩の左手。
「片手でも自転車は押せるから。ちょっとだけなんて言わないで、いっぱい繋ごう」
ふわっと笑った先輩に、自分で言ったのにも関わらず恥ずかしさで一瞬躊躇えば、先輩から手を繋がれる。
そうするのが当たり前とでも言う様に、自然に絡んだ指に頬に熱が集まるのが分かった。
「丸本」
「は、はい!」
「ホワイトデー、楽しみにしててな」
3倍返し以上だから。
そう柔らかい眼差しで見つめられながら言われて、僕は震える声で、楽しみにしてますと返した。
まるで、甘いチョコの様な帰り道。
繋いでいるところから溶けてしまいそうだと思った。
次の日、例の事は確かに先生にばれた様子は無かったが、夜、生徒会室から誰かの啜り泣く声が聞こえるという怪談が誰からともなく広がっていて、その怪談に顔を赤くしたり青くしたりする生徒会長と会計がいたという。
その怪談の真相は、誰も知らない。
- END. -
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