小説 | ナノ
だるげに目を伏せている様子が色香を醸し出していて、ゴクリと喉が鳴る。
その睫がふるりと揺れるとまだぼうっとしている瞳が現れ、こちらを見つめた。


「本当に…すみません、あの…鞄の中に、タオルがあるので…それで、手とか…綺麗にしてください…」

「あ、ああ…」


ついさっきそれを舐め取ろうとしていただけに気まずくて思わず目を逸らす。
自分の鞄の中に手の拭える物があったかどうかが定かでないので、ここは素直に彼の言葉に甘える。
本当ならば拭った物を持って帰りたい…など思っているなんて余りの自分の変態さに引きそうになった。

丸本のと思わしき鞄に近寄ると、片手でチャックを開ける。
直ぐにタオルは見つかり、それを取り出した時、一緒に何か出してしまったようだ。
カサリと音を立てて落ちてしまったそれを身を屈めて拾い上げ――思わずじっと見つめた。

素朴だが丁寧に包装された包み。
一瞬後ろにある箱の山から落ちた物と間違えたかと思ったが、他に落ちている物は無いし、落ちた時の音と言いこれは確かに彼の鞄から落ちた物だ。

――丸本が、貰った物…?

ざわりと背筋が粟立つ。
人の好意に触れる事が多い所為か、こういったプレゼントの類に込められた気持ちという物がどういう物かというのは一目見れば大抵分かる。バレンタインなんて物は、特に。
自分が貰ったようなチョコの様にきらきらとした華やかさは無いが、丁寧に包まれたそれ。
手作りであろうそれは明らかに義理という言葉で片付けるには、相手に対する密やかな想いが端々から溢れていた。

――これを丸本に渡しちゃいけない。

直観的にそう思った。
いや既に渡されているが、この様子だとまだ開けていない様だ。
包装でさえこんなに気持ちが溢れているのに、中身に触れてしまったら。
きっとこれを作った子は丸本とお似合いの子だ。
素朴で、でも相手を凄く想っていて。
そんな子に彼の心が揺らがない訳が無い。いや、手渡しをしていたらもう既に揺らいでいるのか。

――絶対に、渡すものか。

丸本はきっと付き合った女の子を大切にするだろう。
そんな彼を俺は見たくない。見ていて平静を保てる訳が無い。

そんな可能性は潰してしまわねば。

差出人を特定出来る物が無いかと包みを裏返すと、小さなカードが挟まっていた。
やけに冷静な頭でそれを取り外す。
差出人が分かれば後は落としてしまえば良い。彼には絶対に近づかせない。
開いたカードを見て、目を見開く。

『すきです』

そこにはそれだけが書いてあった。
差出人の名前が書いていなかった事に愕然とした訳では無い。
その文字が、丸本の物だったことに愕然としていた。
どういう事なのか一瞬頭の中が真っ白になる。

自分の目を疑うが、文字の癖が。
少し右肩上がりで、でも丁寧で、いつも書類に書かれている丸本の文字と全く同じ。

――これは丸本が貰った物では無くて、丸本が作った物?

…誰に?

一気に表情が冷たい物になるのが分かった。
自分の名前も書いてない、一言だけのカード。
女の子に手渡すにしては可愛らしい包装。
机の中等に黙って紛れ込ませれば、男はきっと女子から貰ったと思い込むだろう。
ぎり…とその包みを握り締め、表情の消え去った顔で振り返った。




達した後の気怠さだけでは無い身体の重さに瞬きをするのすら億劫だ。
でも、あの身体の芯から炙られる様なもどかしい熱は殆ど無い。
燻っていないといえば嘘になるが、目を逸らせる事は可能な程度だった。

――先輩に見られるなんて…。

そう、それよりも重大なのはバレンタインのお菓子を八つ当たりで貪ったのを一番知られたくない人に知られてしまったばかりか、その人の手でイってしまった事だ。
この身体の熱がチョコに含まれていた成分の所為だと先輩から聞いた時は、すぐさま自業自得だと思った。
そんな権利など無いのに人の想いを無碍にした罰だと。
それなのに先輩は宥め、優しく抱きしめてくれて。あまつさえ動けない自分に変わってその熱の処理をしてくれた。
男の性器なんて、気持ち悪くて触りたくないだろうに。

羞恥と、信じられない思いと、快楽とで一杯一杯になって、その中で確かに喜びを感じていた。
好きな人に抱きしめられているだけでも胸が張り裂けそうになるのに、それ以上の事をしてもらえるなんて。
さっきまで与えられていた快楽に夢心地で浸っていると、先輩に名前を呼ばれた。
そのやけに冷たい響きに顔を上げ――…そして凍りついた。


「丸本、これ、誰にあげるつもりだったんだ?」

「…ぁ…」


先輩の手の中にあるのは、昨日作ったバレンタインのお菓子。
見つかってしまったと、頭の中で何度も繰り返す。
けれど、名前は書いていなかったはず、そう思って口を開こうと思えば


「男だろ」

「…え」


確かに男だけど、何故分かるのだろう、というよりも、その口ぶりだとまるで他の男子生徒に渡すみたいで――…じゃあ先輩宛てという事までは分かっていないだろう、でも男って、なんてぐるぐる考えていたら返事をするのが遅くなってしまう。
その沈黙をどう取ったのか、先輩が舌打ちをした。
先輩が舌打ちをする、というだけでも驚く事なのに、その表情が今まで見た事も無い程怒りを湛えた怖い物で思わず息を呑んで身を竦ませる。


「誰に渡すつもりだったんだ」

「そ、れは…」


先輩は何を怒っているんだろう。僕は何をしてしまったんだろう。
もう色々とやらかしてしまっている気はするが、ついさっきまではこちらを気遣ってくれるいつも通りの優しい先輩だった。
原因は、先輩の手の中にある、バレンタインのお菓子。

――男宛て、だから。

男が男に恋愛感情を抱いている事に嫌悪しているからではないだろうか。
当たり前だ。それは万人に受け入れられるのは難しい。むしろ先輩みたいな反応をする人が普通…なのかもしれない。
違うんです、女の子にあげるつもりで…――なんて今更嘘を吐いても、さっきの沈黙がそれは同性宛ての物だと言っている様な物だった。
もう、逃げ場が無い。




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