小説 | ナノ
薄暗くなった生徒会室の中、ぼんやりと箱に山の様に入れられた色とりどりの包みを見つめる。
先輩が貰った大量のチョコは生徒会室のお茶菓子になる事になった。
それは余りに大量すぎて持ち帰るのが困難である事と、それだけの糖分を一人で摂るのは無理だという先輩の主張からだった。

『手作り系は早く食べないといけないから、早めに出してくれないか』

そう苦笑しながら言った先輩。
「人が貰ったチョコを食べるのはなぁ…」と最後まで渋っていた中塚君を見て、また更に苦笑を深めていた。

生徒会の仕事も終わり、皆帰り始めた中、一人だけ残った。
その理由は――…

鞄の中に入っている小さな包みを意識する。
それは昨日作ったクッキーとトリュフを数個包んだ、本当に小さな包み。
そしてさり気無く入れられた、名前も宛名すら無い一言だけ書いた素朴なカード。

「いつもお世話になっています」という建前に隠れてチョコを渡す事は出来ても、本当の気持ちが込められているこの包みを彼に渡す事は、本来なら出来ない。
でも、こんなに沢山あるのならば…その中に紛れ込ませるくらい、出来そうだ。

掻き分けて潜り込ませる空間を作る為にそっと手を伸ばし、まるで彼女達の気持ちの様に色とりどりなその山に触れた瞬間、ドッと熱い想いが込み上げてきた。
その想いは両目から涙として溢れ出す。

ずるい、ずるい。

君たちは、先輩に想いを伝える権利を持っている。
女の子だから。

僕や中塚君を経由してチョコを渡した人もいるが、先輩に直に渡した子もいる。
僕だって先輩に素直にこの気持ちを伝える事が出来たら、どんなに良いか。
想いが叶う、叶わない以前に僕はその恋愛の土俵に立つ事が出来ない。
それは僕が、女の子では無いから。先輩と同じ、男だから。

ずるい。

性別が違うというだけの壁。でもその壁の高さに膝を折るしかない。

ずるい、ずるい。

君たちは先輩の隣に立てるかもしれない。
でも僕は、一生立つ事は出来ない。

ずるい。僕だって


「僕だって、伝えたい…」


尊敬してます。
ずっと見てました。
一緒に仕事が出来るのが僕の誇りです。
大好きです。
優しくて、格好良くて、誰よりも輝いている貴方が、大好きです。

ぼろぼろと泣きながら、包みの一つを掴む。
今からしようとしている事はとんでもない事だ。
気が高ぶっているから出来る事で、冷静になればなんて事をと後悔するのは目に見えていた。
でも、
この気持ちを、この虚しさをどこかにぶつけたかった。

床に座り込んで涙をぼたぼたと落としながら、手に掴んだ包みのリボンを静かに解いた。



最初に口に入れたのはクッキー、その次にはトリュフ、その次はブラウニー。
今押し込んだのは金色の包みに入れられたチョコだ。
彼女達の想いを詰まった甘い甘い菓子を、ろくに味わいをせずに食べていく。
甘酸っぱい、まだ恋愛に発展する前の気持ちを醜い僕が食べていく。
でももぐもぐと咀嚼して、嚥下する度に胸には重い物が降り積もって行った。

食べたお菓子の中には、勇気を振り絞って渡した物もあるかもしれない。
徹夜で作った物もあるかもしれない。
そう思うだけで心がぎゅうっと締め付けられた。

さっきまで心の中で声高に叫んでいた「ずるい」という言葉はか細く今にも消えそうになっていた。
だってこれは、八つ当たりだ、ただの。

告白するのに勇気が必要なのは彼女達も同じだ。
男という事はとても不利な立場であるけれど、告白する事で何かしら壊れる覚悟をするのも、その壊れる物の大きさの違いは有れど、同じ。
そもそも僕が女になったとして、彼に一瞬でも振り向いてもらえるだろうか。この平凡で何の取り柄もない、僕に。
それよりも、毎日の様に手入れを欠かしていない彼女達の方がずっと…ずっと…。

新しい包みを掴んだ手が、パタリと力無く落ちた。

ひぐ、と喉を鳴らす。
さっきとは違う涙が頬を伝い始めた。
それはとてつもない後悔、やらかしてしまった事の恥ずかしさ。


「ごめん、なさい…ごめ…っ」


僕は、君たちの気持ちを、食べてしまいました。

周りに散らかる包みの残骸が自分が何をしでかしたのかを突き付けてくる。
潤む視界でそれを捕えた瞬間、ドクンと心臓が大きく脈打った気がした。
同時に視界が涙では無く熱で歪む。

――え、な…に?

胸を押さえて息を荒げる。身体が熱い。熱くて、堪らない。
意味の分からない状況に突然追い込まれて混乱する頭を、ドアの開く音が追い打ちを掛けた。

――だれ!?

床を踏む音が近づくにつれパニックになる頭をフル回転させ、近くにある机の下に体を縮め込ませ、息を潜めた。




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