ここの所頗る機嫌が良いのが自分でも分かる。
それは勿論、絶賛片思い中の丸本と一緒に帰る日々を送っているからだ。
片思いだ、分かってる。
でも揺れる電車の中で今後の生徒会の仕事の話から他愛の無い話をしたり、人が多い時には彼が人波に揉まれない様にとさりげなく庇ったりしていると、まるで付き合っている気分を味わえてしまうのだ。
自分でも分かっている程の機嫌の良さは、他人から見たら猶更分かる物で。
その態度や素振りがいつの間にか妙な噂を作ってしまっている事に、浮かれた自分は気づいていなかった。
ある日、いつもの様に登校すると何となく空気が浮ついている事に気付いた。
ざわざわと言葉が絶えない玄関口は日常通りの騒がしさだ。
でもそういうのではない。何となく、浮足立っているという表現がぴったりな…。
ふと、小さい綺麗な包みを持った女子生徒2人組みが下駄箱付近をコソコソと喋り、時折笑いながらうろうろしているのを見て、今日が何の日であるかに気が付いた。
(そうか、バレンタインか。)
既に好きな人が、それも男性でという立場上、女の子からチョコが欲しいという願望は無かった。
むしろ落ち着きなくそわそわとしている彼女らを見ているとむしろ微笑ましいくらいだ。
(先輩、沢山貰うんだろうなぁ…。)
そう思って、はっと自分は貰う側どころかあげるべき立場なんじゃないかと気付く。
普通男が男にチョコをバレンタインに送る理由に困る所だが、最近先輩にはお世話になりっぱなしだ。
友チョコというのも流行っているみたいだし、そういった諸々の事情に本当の心を隠して渡せるんじゃないだろうか。
(ああ、どうしてもっと早くに気付かなかったんだろう…っ)
明日は休日だし、次渡すとしたら月曜日になってしまう。
間を開けて渡したチョコなど、きっと何のチョコか分からないに違いない。
ああでも…と思っていると、目の前にふっと影が差した。
「あの…っ」
「?はい?」
俯いていた顔を上げると、そこには見知らぬ女子生徒がいた。
一つ先輩の様に思えるけれど、どうなのだろう。
「あの…っこ、これ…」
可愛らしい顔立ちの彼女が緊張しながら差し出したのは、綺麗にラッピングされた箱。
思わず瞠目する。
だってまさか自分が渡されるなんて考えてなかったし、そもそも彼女とはこれが初対面なのに…。
「あの、生徒会の方ですよね?…せっ、芹沢君に渡して貰えませんか!」
「へ?」
顔を真っ赤にしながら言われた言葉に思わず間抜けな声が出た。
が、直ぐにああと納得する。
代理を頼まれたのだ。
「あ、はい分かりました。渡すだけで良いですか?名前教えてもらったら誰からって会長に伝えておきますけど…」
「あっ、良いんです、私の事は言わないでそのまま渡して貰えればそれで…」
良く見れば箱を飾ってあるリボンの間に小さなカードが挟まっていた。
多分そこに名前か、メッセージが書かれているのだろう。
「アンタ止めときなよー」
「そうだよ、芹沢会長とか競争率高すぎだし」
「だ、だって…!」
彼女の後ろから、その友達なのか3人くらい女子生徒がやって来た。
止めときな、と言う彼女達の顔には呆れながらも仕方なさそうな笑いが浮かんでいる。
「去年なんかダンボールに詰めるくらい貰ってたじゃんあの人」
「あったねーそんなの」
「でも今彼女いるらしいから少しは減るんじゃない?」
「私は、つ、付き合いたいとかじゃなくて、気持ちを伝えたくて…」
目の前で喋り始めた彼女達の話の内容に思わず一瞬凍った。
「え…付き合って、る?」
「あれ、生徒会の人だよね、君?知らなかったの?最近芹沢君それで凄く楽しそうって」
「よっぽどラブラブなんだろうねーって噂になってるくらいだよ」
「何か隣町の子らしいってのは聞いたけど…」
「あ!私、夜に隣町で芹沢君見た事ある!なんかやけに嬉しそうだったんだけど…そっかぁ彼女ん家帰りだったんだ、あれ」
「えーこの学校かな、それとも他校?」
「も、もう止めてよ…私仮にも好きなんだから…」
僕をおいて会話だけどんどん進んでいくけど、頭に入って来なかった。
彼女、隣町、嬉しそう…。
その単語だけがぐるぐると頭の中を周っている。
そうか、先輩が言ってた用事って…それだったんだ。
そう思った途端胸がズキリと痛んだ。
分かってる。ずっとそう先輩は言ってて、だから気にしないで欲しいと。それに僕自身それならば…と甘えていた所もあって。
でも、どこかで。どこかで、『僕のため』に。僕を送る為に一緒に帰ってくれているんじゃないかと、思っていたんだ。
自惚れにも程があるよね、と自嘲の笑みを心の中で浮かべると、チョコを渡して来た彼女を見て微笑んだ。
「じゃあ、ちゃんと渡しておきますね」
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