「なら家まで送るよ」
言われた言葉の意味が分からなくて首を傾げる。
送る?家まで?何を送るんだろう…。
「丸本の家ってここから遠い?」
「あ、電車通学ですけど、2つ隣の駅だし、駅からは徒歩で10分くらいだからそんなにでも…」
「そっか、じゃあ行こうか」
「…はい?」
呆けたように先輩を見上げ、そして漸く何を誰の家まで送るのかを理解した。
「えっ、えぇっ、もしかして僕を家まで送るつもりとかじゃ…」
「…その他にどんな選択肢が…?」
「そ、それが分からないから何の事か僕も聞こうと…じゃなくて、い、良いですよ、だって先輩の家って学校から凄い近かったですよね?」
「…」
「暗くても大丈夫ですよ、慣れてますし…。あの、気持ちだけで凄く嬉しいです…」
本当に嬉しかった。
先輩が送ってくれるなんて言ってくれて、それはつまり少しでも心配してくれたという事なんだろうか。
日は沈んで街灯や店から洩れる光だけの薄暗い中では分からないとは思うけど、赤くなっているだろう頬をマフラーの中に埋めて隠した。
「あの、それじゃ僕帰りますね――」
「…丸本の帰る方向に用事があるんだ」
「えっ?」
先輩の言葉に顔を上げれば、薄暗くて表情が良く分からない。
「そのついでに、送って行くよ」
「あ…う…」
一体どう答えたら良いのか分からず、思わず俯いた。
先輩に本当に用事があるのかどうかが分からない。
自分の為に嘘を吐いてまで送ってくれていたらと思うと、嬉しい反面本当に申し訳ない。でも嘘は良いですよなんて言って本当に用事があったら失礼だろう。
静かに送ってもらうのが一番良いのだろうか…と迷っていると、わしゃっと頭を撫でられた。
「ここは素直に甘えれば良いんだよ。それに本当に用事あるから気にしないで良い」
ふっと軽く笑った気配に心の閊えがすうっと消えてなくなった。
そうだよ、先輩が僕を送る為だけにわざわざ来てくれる訳が無いじゃないか。ついでならば少しくらい甘えても…罰は当たらないかもしれない。
「じゃあ…あの…お願いします」
そう照れながら口にして、小さく破顔した。
電車に揺られ、駅に着き、それでじゃあさよならかと思ったら先輩は断る僕を押し切って家まで送ってくれた。
「へぇ、ここが丸本の家」
「はい」
普通の一軒家で何だか申し訳ないですと首を竦めれば、何が申し訳ないんだよ暖かい感じがして良いじゃないかと笑われた。
「じゃあ、明日また学校で」
そう言って小さく笑った先輩を慌てて引き留める。
「あ、あの!」
「ん?」
「ちょっと待っててください!」
ダッシュで家の中に入り、お帰りにーちゃんという妹と弟におざなりに返事をして目についた物を袋に詰め、また走って外に出た。
「あの、婆ちゃん家から沢山蜜柑届いて、あの良かったら…今日は本当にありがとうございました…」
ぽかんとした先輩の表情に段々声も小さくなり、俯き加減になる。
――高校生に蜜柑はダメだっただろうか、いや自分も高校生だけど。あっビニール袋に入れるとか田舎臭かったかもしれない、先輩呆れてないだろうか、そもそも蜜柑好きかな…。
そんな考えが一瞬で頭を過ぎり、差し出した手に握っているビニール袋を回収したい衝動に駆られた。
が、そっとそれを受け取る手に顔を上げる。
「…ありがとう、好きだから嬉しい」
表情ははっきりと分からないけれど、声音がとても優しくて嬉しくて堪らなくなる。
――先輩、やっぱり僕貴方の事が大好きです。
格好良くて、勉強も生徒会の仕事も出来て、優しい憧れの人。
これからもその仕事を少しでも手伝える様に頑張ろうとまた心に決める。
そうして最後に先輩に小さなカイロを手渡した。
「寒いですから、これ。送ってくれて本当にありがとうございました…。先輩も気を付けて帰ってください」
そう言って先輩の背中を見送った次の日から、先輩は毎日の様に俺を家まで送ってくれるようになった。
始めは凄い勢いでそれを断った。
電車代だって馬鹿にならないし、そもそも先輩の家は違う方向で電車に乗る必要さえない。
そうやっていくつも僕を送るデメリットを挙げたというのに、先輩は頑として「丸本の家の方に用事があるんだ」と譲らなかった。
最終的に先輩は苦笑交じりの溜息を吐くと、
「分かった。じゃあこうしよう。俺は丸本の家の方に用事がある、だから『一緒に帰らない?』」
それとも俺と一緒に帰るなんて嫌?なんて言われたら断れなくて。
仕方なく、なんて言ったら罰が当たりそうなくらい嬉しい気持ちを押し殺して小さく首を縦に振った。
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