小説 | ナノ
生徒会の仕事もそれなりに片が付き、薄暗くなった部屋の中で疲れた目を指で軽く揉むと帰る仕度をする。
鞄を肩に掛け、この季節に必須となったマフラーを首に巻きながら既に空になった席を見つめ、やっぱり先に帰すんじゃなかったと小さく溜息を吐いた。

寒さが増せば増す程、日が暮れるのは早くなる。
そんな中、電車通学だという彼を早めに帰してあげたいと思うのは勿論恋の欲目だったりする訳で。
勿論彼は「会長が頑張っているのに帰れません」と他の役員の生徒は何かと言い訳をして帰って行った中、何度も断った。
しかしそれくらい俺に出来るから、と好きな人の前で良い恰好をしたいばかりに言った言葉に、彼も漸くそうですか…と後ろ髪を引かれる態ではあったがこの部屋を後にした。

――だって仕方が無いだろう、あんな可愛い子に夜道を歩かせるとか危ないにも程がある。

一緒に帰りたいが遅くまで居残りなんてさせたくない。いやいっそ居残らせて、暗いのを理由に家まで送るとかするのもありかと考えた事もあるが、何しろこちらは一応は自転車通学だが正直言うと徒歩で帰れる近さに家がある。
いくら何でも送る、と言ってそれじゃあお願いしますと言ってはくれないだろう。

再度溜息を吐きながら自転車に跨り、ふと今日食べた茶菓子の事を思い出す。
好みの味付けで美味しかったし、なにより丸本も美味しそうに食べていた。
包装もお洒落だったし…と考えながら自転車を帰る方向とは逆の、駅の方に向ける。
そろそろバレンタインが近い。
「いつもお世話になっているから」という言い訳を元に可愛らしくラッピングされたお菓子をあげるというのはどうだろう…という思いつきににやける口元をマフラーで隠しながら地面を蹴った。





駅前には確かに新しいお菓子屋が出来ていた。
小ぢんまりとしているが雰囲気が良さそうな店。
しかし問題は何故その店の前に彼が立っているのか、という事だ。
そっくりさんかと目を擦るが、巻いている薄茶にチェックのマフラーは丸本と同じ物だし、そもそも自分が彼を見間違える訳が無いだろう。

中に入るのは躊躇われるのか、うろうろとショーウィンドウから中を覗いては白い息を吐いている。
マフラーから覗く鼻の先が寒さで赤く染まっているのを見て、もう思わず声を掛けてしまった。


「…丸本?」

「え?…え!?せ、先輩…?!」


呼ばれて振り返った丸本は目を丸く見開いた後、声を掛けた事が悪く思える程驚き慌てていた。


「えっど、どうして。あれ、先輩の家ってこっち方面でしたっけ、あれ?」


頭の上に疑問符を沢山浮かべて戸惑っている丸本が可愛くて仕方が無い。


「今日食べたお菓子が美味しかったから、気になって」

「あ!ああ、そうですか!ですよね、僕も美味しかったです」


納得がいったという様に頷くとにっこりと笑う彼に吐血しなかった事を誰か褒めて欲しい。
まさか会えるとは思っていなかった場所で会えた嬉しさにぼおっと突っ立っていたが、ここ、クッキーとかだけじゃ無くてケーキとかもあって美味しそうですねと言う言葉にはっと覚める。
これはもしかしなくても丸本のお菓子の好みを聞き出すチャンスでは無いだろうか。


「…丸本はどんなのが好き?」

「えっ僕ですか。そうだなー…あのケーキとか綺麗ですよね、食べるの勿体なさそう」


でもここに並べてあるクッキーも美味しそうだなぁときらきらした目で見つめているこの子は天使か何かか。
抱き締めたい衝動をぐっと拳を握って堪え、余りがっついて見えない様にそれとなくまた探りを入れる。


「余り好き嫌い無いんだ?」

「あ、いえあの、ドライフルーツ系とか紅茶の味がするやつはちょっと苦手で…味覚が子供っぽいってよく言われちゃって」


ドライフルーツのクッキーとか綺麗だと思うんですけど、なんか苦手で…と恥ずかしそうに口籠る丸本。
そういえばいつもコーヒーや紅茶では無く、丸本はお茶だったかと思い出す。
良かった、知らないままだったら紅茶味の物を購入していたかもしれない。


「あっあの、先輩はどんなのが好きなんですか?」

「俺は…」


そうだな、ショーウィンドウに目を向けようとした目線の中、ちらりと丸本の顔が目に入って思わずどきりとする。
頬を赤らめ緊張した面持ち。まるで告白でもしたかの様な表情にごくりと唾を飲む。
こんな顔で告白されたら即座にOKの上、家に持ち帰るのに…。


「そう…だな、結構チョコ系のが好きかな」

「あ、そう言えば前のチョコのお茶菓子、美味しそうに食べてましたね」

「ああ。あれは美味しかった。洋酒が入ってるのが好きなのかもしれない」

「へぇ…僕は余り強いとダメかもです…」


二人して店内に入らないで寒い風に吹かれながらそんな会話をしているのは変かもしれないが、とにかく彼と生徒会の仕事絡みでは無い会話をしているのが嬉しい。
会話が途切れそうになった頃、ふと最初の疑問を思い出した。


「そういえば丸本はどうしてここに?先に帰ったんじゃ…?」


聞いた途端、笑顔を浮かべていた丸本がみるみる内に青くなる。
え、何事、と思うのと同時にあわあわと謝り始めた。


「す、すみません会長が仕事頑張ってるのに、僕、僕…っ」


項垂れる丸本に慌てて責めるつもりで聞いたんじゃないと宥める。


「ちょっと不思議だっただけで…、それにほら丸本は十分仕事やってくれてるよ」


本当に助かってる、と笑顔を向けると少しだけ顔色が戻る。
それでもまだ俯き加減で、マフラーに口元を埋めながらもごもごと喋り始めた。


「あの…僕、弟と歳の離れた妹がいて、家に帰ると騒がしくてあんまり集中できないんです。
だから、学校帰りに近くの市民図書館で…課題とか終らせてて…」


確かに駅の近くに少し大きめの市民図書館があったなと思い出す。が、それよりも気になった事があった。


「…もしかしていつも図書館で?」

「あ、はい。大抵授業で宿題出るので…」

「それって生徒会の仕事がある日も…?」

「そう…ですね」

「………ごめん、いつも何時に家に帰ってる?」

「えっと、7時か遅くて9時過ぎくらい…」


返って来た答えに蹲って拳を地面に思い切り叩きつけたい衝動に駆られる。
夏ならまだしもこの時期の9時なんて真っ暗にも程がある。高校生ならば普通だと言われても彼は別だ。
襲われたりしたらどうするんだ…!と本人に向けて叫びたい衝動に駆られたがそこはぐっと堪えた。
分かっている。丸本は平凡な高校生男子で、襲われる可能性も低ければ自分で対応もそこそこ出来るだろう。心配し過ぎなのは分かっている。
でも現に彼を好きな奴がここにいるからこそ心配なんだ。だから


「…今日はもう帰るだけ?」

「はい!先輩が早く帰らせてくれたので、早く終わりました…!」


ありがとうございます、と漸く笑ってくれた丸本に、そう…と呟くと


「なら家まで送るよ」


と言っていた。




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