小説 | ナノ
――ああ可愛い。

資料を捲り、小首を傾げ他の資料をがさがさと漁って引っ張り出し、両方を照らし合わせているのか目が右へ左へと行き来した後、あ、そっかとばかりに頷いてシャーペンで記入をしていく。
窓際の机で手際が良いというより一生懸命に書類と格闘している彼は可愛らしくて仕方が無い。
彼、会計の丸本 青(まるもと あお)を見て可愛いと思う人間は余りいないだろう。
可愛い面立ちでは無い。美少年という訳でも決してなく…だからといって崩れた面立ちでもないが、正直言って平凡。勿論自分と比べれば小さいが物凄く小柄という訳でも無い。
可愛いと言えば殆どが「どこが?」もしくは「え、誰?」と言うだろう。
でも自分にとってはもう可愛くて可愛くて仕方が無いのだ。

人の目を見て喋り、良く気が利く。自分が秀でた存在では無いとそう誰よりも彼が思っていて、だからその分を埋め合わせる様に何事にも一生懸命。
そんな直向きな態度に好感が持てるのは当たり前で、平凡で余り記憶に残りにくいが顔なじみになると『マル』と愛称で呼ばれ、可愛がられる事もしばしばだ。

しかし自分はそういった所が可愛いと言っている訳では無い。
彼のちょっとした仕草や笑顔、それが凄く可愛いのだ。染めた焦げ茶の髪も彼に似合っているし、実を言うと睫も長かったりする。
仕事の合間に伸びをするのも可愛いし、計算が合わないのか疑問符を頭上に浮かべて何度も計算し直す姿も全部。
まぁつまり…好きな相手は何をしていても可愛い、という事になるのだが。

自分は男が好きな訳では無い。
男に告白された事はあるが、恋愛対象として見た事もなかった。
それが今では一番彼が気になるし、こんなに好きになった事は無いと言う程好きだ。
相手が男なのに…という悩みや葛藤が思った以上に薄かったのは、もともとからそういった事にリベラルな性質だったのだろう。男に告白された時に嫌悪が無かったのもそれがあるに違いない。

しかし彼に告白するという事は出来ない。
いや本当はしたい。恋愛感情というのは勿論肉欲も込みな訳で、最近の自慰のおかずはもっぱら彼だ。
男同士は一体どうやって事に及ぶのだろう、だなんて事を調べる余り知識だけ豊富に得てしまいやけに生々しい事を想像している辺り、救い様が無い。
恋人同士になりたい。なのに告白できない。

――この関係が壊れたらと思うと怖くなる。

先輩として慕ってくれているあの真摯な眼差しが、気まずそうに反らされたり、嫌悪で歪められるなんて考えると戦々恐々としてしまう。
だからと言ってこのまま、というのも蛇の生殺し状態で。

――ああ、どうすれば良いんだか。

溜息を小さく吐いて、最近の自分の癒しに手を出すことにした。

ちらりと彼を横目で窺い、眼鏡を端を軽く引っ掻く。
するとまるでそれを待っていたかの様に彼はコーヒーメーカーに近寄り、お茶の準備をすると


「あの…息抜きにどうですか、先輩」

「ん?ああ…ありがとう」


いかにも今気づいたという風を装って小さく笑みを浮かべる。
これが俺の今の癒し。
いつからか分からないが、眼鏡を縁を引っ掻くとそのタイミングで彼がお茶を用意してくれる事に気が付いた。それが自分の集中が切れた際にやってしまう癖だというのに気が付いたのはその後だ。
自分すら気が付いていなかった癖に彼が気付いてくれていた事が嬉しくて嬉しくて。
だからたまに意図してこうやって秘密の催促をしてしまうのは許して欲しい。


「いつもタイミングが良くて助かる」

「いえ、そんな…」


机の上にお茶菓子とコーヒーを置いてお盆を抱えた丸本が小さく微笑む。
ああもう君は新妻か何かか。可愛いな。


「今日の茶菓子は…」

「あ、えっと…3年の女の…えっと吉原先輩が、差し入れにって…。
駅前に出来たばかりのお菓子屋さんの物らしいです。書記の中塚君も美味しいって言ってました」

「そっか。ありがとう」


そんな名前も知らない相手の差し入れよりか君が差し入れして欲しい。そして中塚の感想より君の感想が聞きたい。…なんて言えたらどんなに良いか。
普段なら他人から貰った物は口にしないのだが、彼が選んだのならばとクッキーを口に運んで数度咀嚼する。
結構好みの味付けで、それを彼が選んだというだけでまた嬉しくなった。


「ん、本当だ美味しい」

「そうですか!良かったです」


本当に嬉しそうに頬を綻ばせる彼。
自分の美味しいという言葉にこんな笑顔を見せてくれるのならばそれこそ生ゴミを口にしても美味しいと言える自信がある。


「あ、じゃああのおかわりがいる様だったらいつでも声かけてください。えっと、こっちの資料は目を通し済みで良いですか?」

「ああ。…何から何まで悪い」

「そんな。僕だけがやってる訳じゃ無いし、先輩が会長として色々やってくれるから僕達に渡る仕事も手早く済ませられる訳で…」


力説してくれる彼の言葉に胸が温かくなる。
自惚れではないが、その言葉は確かだ。
彼が生徒会に入ってからという物、自分の仕事に精が出る。
それもこれも彼の負担が少しでも減れば良いという気持ちからなのだが。

資料を受け取りながらふにゃりと笑みを浮かべ、席に戻って行った背中をじっと見つめつつ、さて次はいつ眼鏡の縁を引っ掻こうかと考えた。




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