小説 | ナノ
――ああ格好良いなぁ…。

一番前にある机で無言で書類に目を通し、普段はつけていない黒縁眼鏡を軽く押し上げながら持っていたペンで何か書き込む姿は無駄な動きが一つも無くて同じ男だというのに惚れ惚れする。
いや、彼は、芹沢 春人(せりざわ はると)はただ突っ立っているだけでも格好良い。
背が高く四肢の長いすらっとした体躯。染めていない黒い髪は襟足が少し長めだがさっぱりとしている。切れ長で涼やかな目元に、きりっとした眉。鼻も高いし、唇の形も良い。それらが理想的な位置に収まっている端正な面立ち。
おまけに品行方正、文武両道、年上は敬い、年下には厳しくも優しい良い先輩。もう文句のつけどこが無いではないか。

そんな一つ上の先輩は自分の理想そのもので。
それは憧れというよりももっと強い――恋愛感情という物の方が相応しい程だった。
でもだからと言って、告白したいとか、付き合いたいとか思っていない。
いや思えないのだ。…畏れ多すぎて。

自分の容姿は平々凡々で、勉強もそこそこ、運動もそこそこ。悪くも無ければ良くも無いという何とも華やかさに欠けた男子高校生。
3日に1回は告白されているんじゃなかろうかと思う様な人がそんな奴にどうしてそういう対象として目を向けるだろうか。

――同じ委員会で仕事出来るだけでもう十分すぎる…。

生徒会長という立場の憧れの人を影から支える事が出来る。
それは本当に嬉しい事で、それだけで良いと思っていた。

先輩が小さく息を吐き、眼鏡の縁を軽く引っ掻く。

――あ。

憧れの人のちょっとした癖。
それを待っていた僕はいそいそと席を立つと、部室に設置してあるコーヒーメーカーから中身をカップに注ぎ、色々と置いてあった茶菓子の中で合いそうなものを選んでお盆に乗せて先輩の傍に近寄った。


「あの…息抜きにどうですか、先輩」

「ん?ああ…ありがとう」


先輩がちらっと用紙から目を上げ、手元のお盆と僕を見るとふっと小さく笑みを浮かべる。
ああその笑顔が僕のエネルギー源です…!
先輩は別に無愛想という訳では無いが、余り表情が動かない。
だからこうやって至近距離で笑顔を見れるなんてかなりの特権な訳で…。


「いつもタイミングが良くて助かる」

「いえ、そんな…」


それは作業の合間に貴方をこっそり見てるからです、すみません。
心の中で謝りながらまたちらっと先輩を盗み見した。
先輩が眼鏡を弄り始めたら、疲れて集中が途切れ始めた時だというのに大分前気付いた。
それからというもの、その癖が出たのを合図にお茶を出す事にしている。


「今日の茶菓子は…」

「あ、えっと…3年の女の…えっと吉原先輩が、差し入れにって…。
駅前に出来たばかりのお菓子屋さんの物らしいです。書記の中塚君も美味しいって言ってました」

「そっか。ありがとう」


小さく目で笑って先輩が小さな皿の上に乗っているクッキーを摘んで口に運ぶ。
ああそのクッキーになれたら良いのに…。


「ん、本当だ美味しい」

「そうですか!良かったです」


自分が持って来た訳じゃ無いけど、美味しいと言う先輩の顔を見れた事が嬉しい。


「あ、じゃああのおかわりがいる様だったらいつでも声かけてください。えっと、こっちの資料は目を通し済みで良いですか?」

「ああ。…何から何まで悪い」

「そんな。僕だけがやってる訳じゃ無いし、先輩が会長として色々やってくれるから僕達に渡る仕事も手早く済ませられる訳で…」


本当の事だ。
先輩が会長として必要以上の仕事をしてくれるおかげで他の委員達に渡る仕事は量が少なく、とてもスムーズに済ませる事が出来る。
ただその事を語る言葉にやや力が入ってしまったかもしれないが。

最後に多分幸せで緩んだだろう顔で締まりなく笑うと僕は資料を受け取って自分の席に戻った。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -