小説 | ナノ
「また、失敗……」

 真っ黒に焦げてしまったケーキを目前に佐原はうなだれた。
 確かに、ケーキは真っ黒に焦げてパッと見食べたいとは思えないものだけれど、形は崩れていない。確実に進歩しているのだ。
 俺はケーキナイフを手にして、焦げた部分を削いでいく。
 すると、焦げていない部分が現われてほんのりと甘いチョコの香りを漂わせた。

「中はちょうど良い感じだから、あともう少し」
「本当だ……! っよし! 私、もう一回作ってみる」

 佐原は自分の頬を叩いて、気を引き締めると材料を出し始めた。
 佐原は女の子だけど、格好いいなぁ、と思う。
 いくら失敗しても諦めることはなく、挑み続ける。ちゃんと失敗を省みて、それを次に生かそうとシャンと背筋を伸ばして前を向くのだ。
 佐橋のことを諦めきれない自分とは大違いだ。
 俺が陰鬱な気分になっていると、後ろから体重をかけられる。後ろを振り向く前に耳元で喋られて肩が竦んだ。

「今日は作ってないの?」
「くすぐったいから止めて下さい、辰美(たつみ)さん」

 俺が身を捩ると、辰美さんは面白そうに笑ってさらに俺を強く抱き締める。
 そのあまりの力の強さにぐったりすると、必要な材料を出した佐原がこちらに気付いて助け出してくれた。

「お兄ちゃん! 高岳君嫌がってるじゃない」
「ちょっとしたスキンシップだって」

 そう。ケラケラ笑う辰美さんは、佐原のお兄さんだ。
 日本で一番、頭が良いだろう大学の医学部に通う大学生でとても気さくな人。しかも、佐原の兄だけあって容姿も抜群に良い。
 初めて会ったのは、つい最近、一昨日だ。
 いつも通り、ケーキを作っていると辰美さんが帰ってきて鉢合わせになったのだ。顔には出さないが俺は慌てた。
 こんな冴えない奴が可愛い女の子の家でケーキを作っているのだ。しかも、生憎、そのときバターが切れたので佐原は買い出しに行っていたので俺を擁護出来る人物は誰もいない。
 ――殴られるかもしれない。
 咄嗟に伸びてきた手に目をつぶるが、いつまで経っても痛みは訪れなかった。恐る恐る目を開けると、俺の持ってたケーキをモグモグと食べる辰美さんがいた。
 拍子抜けして、俺がぼんやりしているといつの間にか辰美さんはケーキを食べ終えていた。そして、ようやく「誰?」という言葉を発したのだ。
 その後、すぐに買い出しに行ってた佐原が帰ってきて互いに紹介してもらったのだが、どうやら気に入られたらしい。

「ね、高岳君。俺、チーズケーキ食べたい」
「……」
「あ、でも、ティラミスでも良いな」

 厳密に言えば俺の作るお菓子を気に入った、だろう。
 悪い人ではないのだけれど、いかんせんスキンシップは激しいし食べることしか脳にない。
 佐原はもう2個目のケーキ作りに没頭していて助けてくれそうにない。思わずため息をつけば、嬉々としてリクエストを挙げていた辰美さんが俺の顔を覗き込んできた。
 その近さに少し驚いたが、がっしりと腰を掴まれているので逃げようがない。
 仕方なくじっとすれば、辰美さんの顔がいかに整っているかを思い知る。佐橋に負けず劣らず美形だけど、キスしたいなんて邪な感情は湧かない。
 やっぱり佐橋のことが好きなんだ。そう再確認すると、胸の奥の方がズキリと痛む。
 けれど、それに気付かないふりをして俺は自分の気持ちを誤魔化すため、口を開いた。

「どうしたんですか」
「あのさ、俺にバレンタインチョコ頂戴?」
「は?」

 あまりにも、突拍子な発言に低い声が出た。でも、辰美さんは嫌な顔をせずにニコニコしている。
 もしかしてマゾか。



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