小説 | ナノ
 一応、一人で作り上げるということが目標なので俺はきちんと指示して全て佐原に作らせた。
 見本として、同時進行で俺も作っていたので出来上がったのは二つのケーキ。けれども、片方は今にも崩れ落ちそうなほど歪な形をしていた。

「……」
「……」

 言葉も出ない、とは正にこういうことだろう。
 一体全体どこを違えたのかが分からない。ずっと同じようにして作ってきたはずだ。
 佐原を横目で見ると、明らかに落ち込んでいて心が痛んだ。

「……高岳君」
「……何?」
「私、諦めないよ」

 そう佐原は決意したように、拳をギュッと握った。
 お世辞にも美味しそうと言えないケーキを見つめる佐原の目には涙が浮かんでいたが、気付かないふりをして俺は頷いた。

* * *

 俺が佐橋を諦めたからといって、いきなり世界が変わるわけではない。
 当たり前のことだが、俺は教室に入ってサッカー部の朝練を終えた佐橋が俺の机に突っ伏しているのを見て、ホッとした。
 さらさらとした髪の毛が綺麗で触りたくなったけれど我慢して肩を叩く。
 すると、佐橋は少しもぞもぞしてから顔をあげた。

「おはよう……」
「はよ。そこ、俺の席」

 そう告げれば、まだ眠たそうに瞼を擦っていた佐橋はハッとしてから慌てて立ち上がった。

「ご、ごめん! つい」

 両手を忙しなく動かす佐橋の顔は真っ赤だ。
 多分、俺の席は窓際だから日当たりが良過ぎて熱くなったのだろう。

「良いよ、別に」

 口から出た声は素っ気無い。周りにいた女子はそんな俺の不遜な態度に顔をしかめた。
 俺自身からすれば、全く気にしていないという気持ちを込めているのだけれど、いかんせん表情が固いのがいけないらしい。
 でも、俺は笑顔を作るのが苦手、というか顔に表情を出すのが得意ではないから改善する気はない。
 何より、佐橋はこんな俺でも嫌な顔一つせずに友達でいてくれるのだ。

「疲れてんだろ」

 そう言って俺は自分の前の席に座る。
 佐橋は少し躊躇していたが、俺が下から見上げれば観念したように再び椅子に座った。
 朝のHRまで10分以上は時間がある。
 バレンタインには佐原がケーキを渡して、2人は付き合うことになる。そしたら、自然と佐橋は彼女である佐原を優先するだろうから、俺との時間は徐々に減っていつかは無くなる。
 だから、女々しいけれど今はこの僅かな時間さえも大切にしたかった。

 他愛ない会話で時間は過ぎていく。
 基本的に俺は話さず、佐橋の話に耳を傾けるのが好きなので相槌を打つだけだが、今日は珍しく佐橋が問い掛けてきた。

「高岳は昨日、何してた?」

 さり気ない問いだったけれど、俺は瞬時に答えることが出来なかった。
 だって、佐原の手伝いをしてた、なんて馬鹿正直に答えたらバレンタイン計画が失敗になる。
 だから、俺は咄嗟に嘘をついた。

「家でテレビ見てた」
「ずっと?」
「ん」
「…………そっか、いきなり変なこと聞いてごめんね」

 佐橋は何故か、少し表情を陰らせたがすぐにいつもの明るい優しい顔になって話を始めた。
 この時ばかりは、自分の表情が変わりにくいのがとても有り難かった。でも、嘘をついたという事実が変わるわけでなく、少し心が苦しかった。



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