小説 | ナノ
 流石に、バレンタイン一週間前ともなるとどこのスーパーもバレンタイン特設コーナーが設けられて賑わっていた。

「えーと、必要なのは卵に牛乳、バターに……」

 勿論、俺達も材料を買いに来たのだが早速、バターと間違えてマーガリンを手に取る佐原にヒヤヒヤする。
 メモに集中し過ぎているからかもしれないが、幸先が危ぶまれる。

「佐原、それマーガリン」
「え? あ! 本当だ!」

 指摘すれば、間違えちゃった、と照れ臭そうに笑う佐原に俺はオススメのバターを渡す。
 佐原はされるがままにバターを受け取ると、少しの間そのバターを眺める。そして、顔をあげたかと思うとじっと俺の顔、いや、目を見つめてきた。

「……なに?」
「ずっと思ってたんだけど、高岳君って、どうしてそんなに料理が上手なの?」

 こてん、と首を傾げる佐原に俺は内心ホッと息をつく。
 一瞬、俺の心の内を見透かされたような気がしたのだ。
 ドクドク、と早く脈打つ心臓を宥めながら俺は口を開いた。

「俺ん家、両親共働きで飯作る時間が無いらしくて。代わりに作ってたら、いつの間にか出来るようになってた」

 確か、初めて作ったのはカレーライスだ。
 具の大きさはバラバラで、ルーは水っぽかったけど父さんも母さんも涙を流しながら食べてくれた。
 親バカだなぁ、と思うけれど俺もなんか嬉しくて泣いちゃって、三人全員でわんわん泣いたのは良い思い出だ。

「そうなんだ、偉いね」
「!」

 まるで花が咲くように笑う佐原に俺はドキリとした。
 その表情ではなく、言葉にだ。
 偉いね。まるで小さな子どもを褒めるようなその言葉は俺の胸にじんわり、と響く。
 ――佐橋も同じことを言ってくれた。
 そして、頭をぐしゃぐしゃに掻き回して二カッと笑ったのだ。まだ、自覚する前だったけれどなんだか恥ずかしくて凄い照れた覚えがある。
 懐かしい。

「……ありがとう」

 まだ、佐橋に未練たらたらな自分が嫌だったけれど今は懐古の気持ちが大きい。自然とと顔も緩んでいたようで、少し佐原も驚いた顔をしていた。

「なんか、高岳君って可愛い」
「……佐原のが可愛いよ」
「ふふ、照れてる」

 まさか佐原にからかわれるとは。
 恥ずかしいのと悔しいのが入り交じって顔が熱くなる。それを隠すように佐原が持っていたカゴをぶんどり、足早に歩いてみたけれど佐原はずっと笑っていた。

* * *

「よしっ、準備完了!」

 佐原の家なので、何処に何があるかも分からないので俺は突っ立っていただけだったが、机に材料や道具を並べた佐原は三角巾にエプロン、そして長い髪の毛もポニーテールにして意気込む。
 それに倣って俺もエプロンを身に着けて、気を引き締めてから、佐原が用意したレシピ本を開いた。
 ちょうど付箋が貼られているページには、美味しそうなチョコケーキが載っている。チョコケーキを作るということは前もって知らされていたがレシピを見るのは初めてだ。
 けれど見る限り、それほど難しいものではないと思う。チョコ味ではないけどケーキは作ったことがあるので些か余裕がある。
 俺は早速、佐原へと指示を出してケーキ作りに取り掛かった。





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