小説 | ナノ
「お願い! 高岳(たかおか)君だけが頼りなの!」

 手を合わせて必死に俺を見上げてくる佐原(さはら)は文句なしに可愛い。
 化粧はしているが濃くなく、ナチュラルなもので元が良いことがうかがえる。さらにサラリとした艶のある黒髪は長く、ふんわり甘いシャンプーの香りが漂う。指先にも気を配っているのか、長すぎない爪は綺麗に手入れされていて清潔感も感じ取れた。
 本当に男の理想を絵に描いたような女の子なのだ。
 けれど、彼女には大きな欠点があった。

「高岳君も知ってるよね……、私がすっごく料理が下手なの」

 そう、料理だ。
 それを知ったのは家庭科の時間だった。グループごとに分かれて料理を作るという所謂、調理実習のときだ。
 出席番号が近い俺と佐原は同じグループで、グラタンとミートスパゲティを作ることになり、それぞれ役割分担をしたのだが佐原はホワイトソースを何故か得体の知れない液体へと変化させたのだ。ちょっと色が変わっちゃったんだけど……、と少し困ったような顔は可愛かったが俺は異臭を放つそれに歪な愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。
 取り敢えず、佐原にはスパゲティを茹でてもらうことにして、俺がホワイトソースを作ることでなんとか形になったのが、同じグループの佐橋(さはし)曰く、佐原は麺を茹でる際に、塩じゃなくて何故か片栗粉を鍋に入れようとしていたらしい。
 普段はドジや失敗などしない佐原だけれど、料理だけは駄目なのだ。
 だから、バレンタインに渡すお菓子ではそんな失敗をしたくないから、と必死に俺に頼みこんでくるのだが俺は素直に頷けなかった。

「だめ、かな……」
「……」
「ちゃんとお礼はするから、お願い! どうしても佐橋君に食べて欲しいの……」

 それが嫌なんだ、と叫びたかったけどぐっと我慢した。
 俺は男だけど佐橋が好きだ。自覚したのは、つい最近。髪についたごみ屑を取ってもらったときだった。
 近くにきた佐橋の整っている顔を見たら、無性にキスがしたくなったのだ。勿論、そんな馬鹿なことはしなかったがそれからは大変だった。
 容姿だけでなく性格も頭も運動神経も良い佐橋は色んな女の子から迫られる。可愛い子から美人な子、そして学生だけに止どまらず教師にまで。
 告白されてるのを目撃する度、俺の心は大いに荒れた。
 なんで俺は佐橋を好きになってしまったんだろう。どうして俺は綺麗じゃないんだろう。もっと頭も見た目も良かったら。いや、俺が女だったら少しは救いがあったかもしれない。
 ――ずるい。そう感じる自分が汚いのはよく分かっている。けれど妬まずにはいられなかった。

「どうしても、だめ?」

 うるうるとした瞳は庇護欲をそそる。
 この行動がわざとだったら良かったのだが、佐原は自然とやってのける。
 本当に可愛くて、悔しかった。
 でも、佐原の頼みを断ったとしても俺に得なことなど無いのだ。俺と佐橋との時間は作れるかもしれないがそれは友人としてのもので、恋人同士の時間、なんて夢のまた夢。いつかは絶対、離れなければいけない。それならば早い方が傷が浅くて良い。
 それに、佐原はとても良い子だ。佐橋もきっと幸せになれるだろう。
 そのためには、まずバレンタインを成功させないといけない。
 俺がようやっと了承すれば佐原は涙を流して喜んだ。




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