小説 | ナノ
「……一睡も出来なかった」

 考えれば考えるほど謎で答えが見えてこない。
 俺は重い瞼を煩わしく思いつつ、洗面所に向かった。
 鏡に向かい合うと目の下にはうっすらクマが出来ていて、元々華のない顔をよりいっそう盛り下げているものだから、さらにテンションが下がる。
 冷たい水で顔を洗うと幾分かスッキリするがもやもやは取り払えない。いつもよりたくさん、歯磨き粉をつけて歯磨きしてももやもやは消えなかった。

「はぁあ……」

 期待していたぶん、ため息が重い。
 何もしたくない気分だったけど、昨日と違って今日は三郎の昼飯も作らないといけない。けれど、億劫だとは感じなくてむしろ意気込む自分がいる。
 三郎のことで悩んでいるのに、三郎のためとなると張り切る自分がおかしく思えて、現金だなぁ、と笑っていると後ろからいきなり声をかけられた。

「おはよう」
「わっ!?」
「ごめん、驚いた?」

 俺が反射的に頷くと三郎は、ごめんごめん、と言って頭を掻いた。
 そのちょっとした動作ですらもかっこよく見えてしまうのだから俺は末期かもしれない。
 なんだか恥ずかしくて顔が熱くなる。それを誤魔化すように昼食作りのための材料を冷蔵庫から取り出していると、また後ろから声をかけられた。

「今日の昼飯は何?」
「……オムライス」
「じゃあ俺、ケチャップでハートマークかいて欲しいな」
「え!?」

 動揺して、持っていた卵を落としてしまう。

「ちょ! あー……割れちゃってるわ、もう一ってばドジっ子」

 ケラケラ笑いながらも三郎はテキパキと後片付けをしていく。
 分かっている。いつもの冗談ってことは。
 でも、あの夜のことがあった今。俺がドギマギしてしまうのは致し方ないことだ。やっぱり、三郎と俺は両思いなんじゃないかって。
 俺は口の中にたまった唾を飲み込む。そして、ちょうど床を拭き終わって顔をあげた三郎の目を見て言った。

「さっ、三郎は……お、お、俺のこと、……す、き?」
「? 好きだけど」
「!! ほんと――」
「親友だしな!」
「――え」

 一瞬にして喉がカラカラに渇いて、目の前が真っ暗になった。

「……あの、さ、一昨日の夜……」
「ん? ああ、一昨日の夜のことなら気にすんなよ」
「え」
「一ってば、寝ぼけて俺の布団に入ってきたけど、すぐ出てったしな」

 意味が分からない。だって、俺はたしか一昨日の夜に三郎と……。必死になって記憶を探ったが、その事実に間違いはないはずだ。
 と、なるともしかして三郎は俺とのことを無かったことにしたいのだろうか。親友って言ってくれたのは俺への情けで、今もその綺麗な顔に浮かべている笑顔は偽り。

「…………」
「ん? どした?」
「…………っ」
「……もしかして泣いて――」
「ご、めんっ」

 俺の涙を拭おうと伸びてきた三郎の手が怖くて思わずはねてしまう。
 そんな態度に三郎は少し目を見開いていたけど、そんなの気にする余裕なんてないし、俺はとにかくこの場から逃げ出したくて走り出した。



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