「どけ」
「嫌です」
そう言ってにっこりと笑って自分に覆い被さる男を倫也はぎっと睨んだ。しかし、男は怯むことなく、ゆっくりと自分のシャツのボタンへと手をかける。その姿に、倫也は諦めたようにハァとため息をついた。
事の発端は、出て行った弦矢達を追いかけようとする倫也の前にこの学園の英語教師である若森 蜜樹(わかもり みつき)が立ちはだかったからだ。
蜜樹は180強の長身でありながらも、スラッとした体型とその甘いマスクで、さらには弟である生徒会副会長の光樹に劣ることない優しい性格で生徒から厚い信頼と人気を得ている。
しかし、意外と自己中心的なことは知られていない。何故なら、その一面は倫也の前でしか見せないからだ。
今もなお、あんなに早くそして急に走り出して体の弱い洋司への負担は大きいはず、とすぐにでも追いかけたい倫也に対して、ちょうど保健室に入ろうとして弦矢に突進され少し不機嫌な蜜樹は頑固として退こうとはせず、いとも簡単に倫也をひょいと担ぎあげベッドへ優しくおろす。そして逃げられないように上から覆い被さるのだ。
ここで冒頭に戻るわけだが、今もなお蜜樹はボタンを外している。
「……なんで、脱いでんだよ」
「診察してもらおうと思いまして」
診察ぅ? と倫也が保険医らしからぬ言葉を発すると蜜樹は、綺麗に笑って倫也の腕をとる。そして自分の股間へと導く。
「ここが疼いて仕方ないんです」
「……………………………………お前、そんな王子様スマイルでエロ親父みたいなこと言うなよ」
キラキラとしたオーラを振り撒く蜜樹に倫也は怒る気も失せて、はあぁ、と深いため息をついた。
「なんで、俺って奴はオッケーしてしまったんだろうか……」
「そんな後悔してる、って顔しないで下さいよ。ほら」
脱力する倫也の手を蜜樹は上に持ち上げ、自分と比べれば小さな手の甲にキスをする。それはまるで、おとぎ話の中の王子様のように決まっていたが、いかんせんその相手はお姫様どころか女ですらなく男だ。
本当に残念な奴だなぁ、とぼんやりとまるでガラスを扱うかのような手付きで自分の体に大きな手のひらを這わせる蜜樹を見つめる。
蜜樹はこの学園の生徒だった。
弟と同じく生徒会副会長に努め、優秀な生徒として皆から頼りにされていたが知らず知らずのうちに疲労がたまり、倒れてしまった。
そして保健室に運ばれ、そこでまだ赴任してきて日の浅い倫也と出会うのだが、「なんで小学生がここにいるの?」と爆弾を落とし、病人にも関わらずフルボッコにされる。最悪の出会いかと思いきや、今まで接してきた人達とは全く違う態度に感動する一方、怒った姿がハムスターみたいだ……と胸を鷲掴みにされる。
その日から、蜜樹の猛烈なアタックが始まるのだが倫也が受け入れるはずもなく、日に日に時間は過ぎていく。そして、蜜樹が学園を卒業して少しさびしくなったなぁ、と数年の時が経ったときだった。
新任教師として、蜜樹が挨拶しにきたのだ。
てっきり実家を継ぐものだと思っていたので、倫也が驚いたのは言うまでもなく、その反面、嬉しかったのも事実だ。そのせいか、祝いと成人を兼ねて飲みに行った晩に再びアタックされたのだが酒が入っていたのもあり、あっさりとオッケーしてしまったのだ。
「はぁぁ……」
「もう、ため息つかないで下さいよ」
そう言って蜜樹は容赦ないディープキスをかます。倫也は、もう一度ため息をつきたくなったが、口を塞がれているのでどうしようもなくされるがままになっていた。
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