小説 | ナノ
 その後、弦矢が泣きやむまで洋司はずっと側で見守り、弦矢が落ち着きを取り戻してからも、優しく促してくれた。そのおかげで、弦矢は今までたまっていた鬱憤を晴らすことが出来て、さらに図書室にいたるまでの経緯を言えば洋司は、周りに花を咲かせて「俺、お菓子大好きなんです!」と目を輝かせた。
 そこから、二人は親交を深めて昼休みには毎日、一緒にお菓子を食べることが日課となり、弦矢は昼休みが楽しみで楽しみでたまらなかった。

「あのねぇ、今日はフォンダンショコラだよぉ」
「わぁ! 美味しそう……!」

 簡単なものだが包装をとくと、洋司は目を輝かせて弦矢が作ったそれを見つめる。そして、ふっと目を細めてはにかんだ。

「やっぱり、弦矢先輩は凄いですね」
「! そ、そうかなぁ……」
「そうですよ! お菓子作りって、すっごい難しいのに何でも作れちゃうし、格好良いし、優しいし……」

 それから、洋司は弦矢が恥ずかしいと思うほどの褒め言葉を並べる。自分の頬がこれ以上熱くなるのを防ぐためにも、弦矢は少し大きな声を出して洋司を遮った。

「そういえばぁ、洋ちゃんはお菓子、作ったことあるのぉ?」
「はい! ショートケーキを一度だけ。でも、全然美味しくなくて……」

 もし、洋司に犬の耳があったら間違いなく、ションボリと垂れていたに違いないほどに洋司は自分の不器用さ加減を嘆く。弦矢は、そんな可愛らしい姿に自分の胸がきゅんきゅんするのを感じて、はう! と叫びそうになった。

「じゃあ、今度一緒に俺と作ろぉ?」
「! 良いんですか?」
「もちろん〜。むしろ、大歓迎だよぉ」

 すると、洋司はへにゃりと笑う。そのあまりの可愛さに、思わず撫で回したくなるのを弦矢が必死に我慢しているときだった。

「まぁた、んな甘いモン食わせようとしやがって……」

 ガララ! とかなり乱暴の手付きで、白衣を着た人物が扉を開けたかと思うと、弦矢の脳天を持っていたファイルで叩いたのだ。

「ちょっとぉ、ミニリン痛いじゃんかぁ!」
「誰がミニリンじゃ! ぶっころすぞ! クソ餓鬼!!」

 そう暴言をはいて、まだ弦矢を殴ろうとするのは保険医である三谷 倫也(みたに りんや)だ。
 彼を見て、すべての人が驚くことと言えばその見た目と年齢である。30を越えた今でも中高生に間違われるほど童顔で、何より身長が低い。自称170のことだが、確実に10センチ以上は鯖をよんでいる。しかし、それを指摘しようもんなら生徒指導という名の強烈な拳や蹴りがお見舞いされるのは、この学園においては常識となっていたので皆、口にはしない。しかし、倫也がいないところで些細な抵抗として、"ミニリン"と名前をもじって冷やかしているのも事実だ。

「倫ちゃん、やめて!」
「っ! 洋司! いきなり動いたら危ないだろう!」

 さっきとは打って変わって、洋司が倫也を止めるために立ち上がっただけで、倫也は慌てて洋司を支える。そして、眉を八の字にする洋司の頬をスルリと撫でた。
 弦矢に対する態度とは一目瞭然であるが、これは洋司と倫也が従兄弟同士であり気心が知れているからだ。言われてみれば、二人の顔つきはどことなく似ており、従兄弟というのも頷ける。しかし、従兄弟だからといって、まるで恋人のようなやり取りをするのが気に食わなくて、弦矢は倫也から洋司を奪い返した。

「つ、弦矢先輩?」

 突然のことに洋司は瞬きをするが、弦矢は無言で見つめ返すだけだ。すると、洋司は助けを求めるように倫也へと視線をやる。
 その、些細な行動に弦矢はプツリと糸が切れた。

「っ、せっ先輩!?」
「おい!」

 戸惑う声も無視して洋司の手を離さないようにギュッと掴み、弦矢は走り出した。保健室に出るとき、ちょうど入って来ようとしていた人とぶつかったがそれを厭わないほどに、弦矢は走った。




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