「どうしたの留三郎」
「は?」
「どこみてるの」


隣に座る伊作が怪訝そうに顔を覗き込んできた。
悪い、考え事、と返事をすれば伊作はそっかと意識を団子に戻した。
伊作の薬草摘みの手伝いの帰り、たまたま立ち寄った甘味屋での出来事である。



場所は変わり忍術学園。
摘んだ薬草を医務室に置くなり留三郎は六年生の長屋へと向かった。


「文次郎!」
「うわっ」


勢いを付けて目指した襖を開く。
休みということで気を抜いていたのか、珍しく自分の気配に気付かなかった目当ての人物がびくりとこちらを見た。


「留三郎…何だ。お前伊作と」
「今帰ってきた。文次郎話がある」
「……」


そしてまたまた珍しく怒鳴らない恋人に、いたって真剣に声をかける。
未だ障子に手をかけ仁王立ちする俺を不思議そうに見てくる文次郎は、難しい顔をして首を傾げる。


「お前それかわい…じゃない間違えた」
「…はあ?」
「一緒に出かけよう」
「……何言ってるんだ」


俺の言葉を馬鹿馬鹿しいとでも言うように文次郎はこちらに背を向けた。

「さっき伊作と出かけたばかりじゃないのか。しかもお前と出かける用事なんかない」
「別に今日じゃなくてもいい!俺がお前と出かけたいだけだ!」
「俺はでかけたくない」


留三郎は文次郎の隣に膝立ちになり、詰め寄る。
文次郎は詰め寄る留三郎から逃げるように横へ動き、バカタレと呟いた。


「出かけたってすることないだろうが」
「甘味屋いったり」
「…はあ?俺とお前が?」
「さっきからそう言ってるだろ」


留三郎はなおも文次郎に近づく。
逃げはしないものの文次郎はふい、と顔をそらし黙り込む。
そしてこう言った


「…絶対にいけるものか」

ここから約一週間に渡る二人の鬼ごっこが始まったのであった。



そもそも留三郎がこんなに文次郎と出掛けたがっているのには訳がある。
きっかけはあの時の甘味屋だ。

あのとき自分と伊作以外に一組の男女が甘味屋を訪れていた。
おそらく恋仲か夫婦か…仲睦まじい様子で甘味を食べていたのが印象に残っている。


そこではたと思う。
文次郎と恋仲である自分は恋人らしいことをしたことはあるが、二人で外を歩いたりした事があるだろうか。
全くなかったはずだ。
一度気付けば人間であるから欲はでてくる。

文次郎と二人で出かけたい。
そう思って帰った早々に誘ってみたが行かないの一点張り。
何も外で手をつなぎたいだの口吸いしたいだのとは思っちゃいない。いや、あわよくば…………それは置いておくとしてとにかく留三郎は文次郎と出掛けたいだけなのであった。


「文次郎うどん屋に行かないか!」
「食堂で食う」
「美味しいって噂だぞ」
「悪い急ぐからじゃあな」


休日があけ、一日目。
うどん屋に誘う計画は失敗。
食堂に行ってみれば小平太や長次とランチを食べる文次郎の姿を見付け、しょんぼりとその場を去って終了。


二日目、放課後に文次郎をつかまえた留三郎は先日伊作と行った団子屋へ誘うことにした。


「文次郎!今日は委員会も鍛練もないことは調査済みだ!」
「しつこい!」
「なあ団子屋に行くだけだろ?」
「それが嫌なんだ!」
「なんでだよ…」


俺が伊作と出かけるように、文次郎は仙蔵と出かけているし、小平太や長次たちとだって出かけている。
後輩の団蔵は長期休み明けに一緒に学園に来たりしているのに(まあ走ってではあるが)恋仲の自分が一緒に出かけたことがないなんて。
寂しいではないか。


「そんなに俺といるの嫌かよ」
「別にそんなことは言ってないだろう」
「じゃあなんで」
「……」


それきり黙りこくった文次郎の返事を待つ。
何分経ったか。遠くで伊作の叫び声が聞こえたが、今は文次郎の答えを優先する。悪い。伊作。


「…だろ」
「え?」
「…恥ずかしいだろお前と二人なんて!て…照れるし!」


文次郎はそう叫ぶと、シュッとどこかへ去ってしまった。
二日目、顔を真っ赤にした文次郎を心におさめつつ計画は失敗。
いや、むしろ成功したのかと思うくらい可愛かった。
そう思いながら留三郎は先ほど友人の叫び声が聞こえた方へむかった。
とりあえず自分と出かけることは嫌ではないという可能性を得ただけでも大きい。


そして三日目は小松田さんお薦めのまんじゅう屋、四日目は奮発してうなぎ屋。
五日目は自棄になり鍛練へと誘ってみれば本当に鍛練のみでその日は終了。
そして六日目の今日、夜寝ている文次郎のもとへ訪れた。
布団に横になる文次郎の上に手首を押さえ付け逃げられないように跨る。


「…しつこい……」「文次郎が頷くまで諦めない」
「……はあ」


眠いのかまともな返事はない。抵抗もなくて据え膳食わぬは…などという言葉が頭をよぎるが、ブンブンと頭を振り考え直す。

目的はそれじゃない。あくまで出かけることである。

そんなことをしてる間に当の本人は夢のなか。
そんなに疲れるまで何をしたのだとガッカリしつつ上から退ける。


「文次郎」
「……」
「明日こそ出掛けような」
「……」
「文次郎ってば!」
「吹き飛ばされるのがお望みか、よしそこになおれ」
「仙蔵なにす、ちょ、やめ」


仙蔵お手製焙烙火矢に吹っ飛ばされ六日目もあえなく終了。
明日は再び休日。
明日こそ文次郎と出かける機会を作らねばと留三郎は伊作の治療を受けつつ気合いを入れるのであった。


「留三郎いったい何して吹っ飛ばされたの」
「……」



そして七日目の朝。


「文次郎おはよう!今日こそ出かけ、」
「文次郎ならいないぞ」
「…なんだと…まだ朝だぞ!」
「いないものはいない。私が起きたときからいなかったのだ、静かにしろ」


文次郎と同室の仙蔵が不機嫌そうにそう告げたことから嘘ではないらしい。
が…立て続けにあからさまに避けられた留三郎は泣きだしたい気分であった。


「まあ、戻ってくるのを待てば良いさ。それより留三郎」
「なんだよ…」
「あのな、」


こいこい、と招く仙蔵は自分に話があるらしい。
近づき耳を傾けた留三郎は、仙蔵の話を聞くと顔をパッと明るくし、嬉々として部屋を出ていった。


そして再び仙蔵のみとなった部屋に仙蔵が声をかける。


「もういいぞ」
「…はあ」


音もなく屋根裏から降りてきたのは同じ部屋の主、先程はいなかったはずの文次郎である。


「留三郎なら戻ったが、よかったのか?随分肩を落としていたぞ」
「いんだよ。しつこいんだよあいつ」
「仮にも恋人であろうに、何を嫌がることがある」
「…それは」


にやにやとこの状況を一人楽しむ仙蔵は、言葉に詰まる文次郎に「それは?」と早く答えるよう促す。


「は、恥ずかしいんだよ」
「何故だ?留三郎は伊作と出掛けるようにお前とも出掛けたいだけではないのか?」
「それはわかっているが、いや」


文次郎はく、と口を閉ざす。が、仙蔵の答えを求める視線に勝てるはずもなく。
「……」
「…照れるだろ。留三郎が隣とか向かい側に座って何か食ったりだとか、す…好きな奴とそんないかにも恋人みたいなこと!うれしいけど…できな、」「ことあるごとに私を追い出し夜通しイチャイチャしているお前が何を言う」
「それは別だろ!なんてこと言ってんだ!」
「まあ、いい」


留三郎と出かけられない理由を吐いた文次郎に、仙蔵はにっこりと笑いかける。

文次郎はいやな予感がし、それはすぐさま的中した。


「だそうだが留三郎。どうだ?」
「すげえ嬉しいです!」


ぱんっと再び障子が開き、入ってきたのは帰ったはずの留三郎であった。
文次郎は目を見開き、げっと座ったまま少しばかり後ずさりした。


「お前なんでいるんだよ!仙蔵まさか、おまえ」
「何だ。二人を応援しただけであろう?」


先ほど、仙蔵に「私が必ず出かけさせてやるから、外で気付かれぬように待っていろ」とこっそり言われた留三郎は、言われたとおりに部屋を出たあと気付かれないが、仙蔵達の声が聞こえるぎりぎりに潜んでいたのだ。


「文次郎お前そんな可愛いこと考えて…!」
「可愛い言うな!バカタレ!」
「恥ずかしいのなんかすぐ無くなるから行こう!」
「嫌だっつてんだろ!お前の耳は飾りなのか!」


二人が行くの行かないだのとぎゃあぎゃあ騒いでいるのを鬱陶しそうにみながら、仙蔵は勝手に文次郎の私服を探し出すと、いまだ騒ぎ続ける二人にバサッと投げつけた。



「さっさと行け、文次郎」
「仙蔵お前な」
「それとも私が二人を遠出させてやろうか」
「も、文次郎。行こうぜ…」
「…行ってくる」


留三郎に協力したものの自室で騒がれたことが気に障った仙蔵のスラリと伸びる美しい指から覗く焙烙火矢に脅され、二人は半ば追い出されるように部屋を出た。


「…文次郎どこ行きたい」
「…うどん食いたい」
「…!すぐ準備してくる!待ってろ!いや、門で待ち合わせな!すぐ行くから逃げんなよ!」


留三郎は念を押すように文次郎を見ながらは組の長屋へと走っていてしまった。
文次郎は投げつけられた私服を見て一つため息を吐いた。
改めて恋人みたいに出かけるなんてくすぐったいような恥ずかしさがするではないか、と文次郎はすでに熱い顔を手の甲で押さえながらうつむいた。
そんな姿を見せるなんて悔しいから出かけたくなかったのに。
きっと気まぐれで手を貸したであろう仙蔵のことを恨みながらも文次郎は少しばかりの嬉しさがあることに気付かずに、着替えるために再び自室に戻った。


全部おごりなら許す



ヤコさま、素敵すぎるお話をありがとうございました!!
良かったね留三郎…!






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