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エリゼが去った後、もう用は無いとばかりに海軍本部を離れて今は水上を航海中。
彼女と別れてから半日くらいしか経っていないのにもう少し前の事に思える。
会えるといいのに、と思いながら甲板から聞こえる海の音を聞く。
こうしていると落ち着く。
海兵になったのは友人となろうと思ったのも理由だが、海が好きだからというのもある。
海を受け付けなくなってしまった事は本当に残念だ。
眺めて居ると後ろに気配がした気がして振り向く。
「!……トラファルガーさん……居るなら居るって言って欲しいです……」
後ろに佇んでいるローが居て、心臓に悪い。
口に出して言うとローは笑って悪いな、と言う。
彼と話すのは久しぶりだ。
エリゼが居たので簡単には話せなかった。
仲が良いと思われるのも駄目だと思ったし、ローからも話しかけてくる事は殆どなかった。
まだ、海兵の監視役にした理由も知らないので疑惑がローに掛かったままというのもある。
あの日、何故リーシャを縛ったのか。
疑心暗鬼に良く似ている。
「聞きたそうな顔してるな」
「…………聞いたら話して、くれます?」
そう答えるとローはああ、と言う。
こくり、と喉を鳴らして口を開く。
怖いのかもしれない、と心の怯えを見つけてしまった。
「私を、縛ったのは……」
最後まで言えない。
いらないとハッキリ言われるのが怖いのだ、自分は。
「お前は海兵だ」
「っ……!」
今まで自身に言い聞かせていた言葉を言われて息が止まる。
「だから、お前を海兵のまま俺の横に居させる方法を考えていた」
「え……」
「捕虜として捕まえていた証拠を見せれば、相手もお前を捕虜と認識する。俺達との関係は向こうが勝手に思い込む」
ローが縛ったのは海軍の人達に捕虜だと見せつける為。
「泣けと言ったのは……怯えないと信憑性も付かねェだろ」
泣くように誘導したのもあくまでリーシャが被害者だと証明する為。
ローは静かに、己の頭に描いていたのだろうシナリオを言葉にしていく。
縛り、泣かせ、それを含めてリーシャを海軍達が被害者と思えば、海賊と仲が良くない、嫌っているのだと思われて裏切り者のレッテルを貼られない様にさせる為と説明する。
それらを全て理解するには難しく感じた。
でも、これだけは分かる。
自分を海賊としてではなく、いつでも選択肢を選べる立場にしてくれた。
「お前が嫌なら、この船を降りても良い……此処からは新世界。無理に連れて行く理由なんてない」
ローのリーシャに対する気持ちが本気だと伝わってきた。
「失うのは、ごめんだ」
その言葉にどれ程の葛藤があったのだろう。
リーシャは震える手を押し込めて息を吸う。
「わ、私だって……トラファルガーさんを失うのは嫌です」
声に出すとローの目がみるみるうちに見開かれて行く。
「此処まで……ま、巻き込んだんですから……責任、取って下さいよ……私だけ……置いていかないで」
皆まで言う前に身体を抱き締められた。
「トラファルガーさん……」
涙を流すつもりなんてなくても出てくる。
本当に自分は良く泣いているな、と感慨深くなる。
「馬鹿だお前は、死ぬかもしれねェんだぞ」
「海兵になった時から、そんなの覚悟してますよ……」
「置いていくつもりだった俺が馬鹿みてェじゃねェか……」
「トラファルガーさんは馬鹿なんじゃなくて変態なんですよ……?ふふ」
「一年も居ると言う様になるのか、泣き虫の癖に」
涙が溢れていて顔が分からない。
けれど、抱き締められている感覚はとても優しい。
「私、悪魔の実も全く使えないですけど……あ、足手纏いですか?邪魔ですか?」
「んなの全部関係ねェ。俺の我が儘に付き合わされてきたんだぞ」
そんな事を今更言うローを可笑しく思えて笑う。
「好きだから、最後まで付き合う覚悟です」
「此処に来て急に男らしくなりやがって……」
その言葉に今更ながら恥ずかしくなっていく。
意識すれば全てをなかった事にしたくなるのは世の摂理だと思う。
抱き締められているのも、一世一代の告白も、全て本気なのに、と赤面していく。
「いいいい、今のなかった事でお願いしますっ」
わたわたしていると少し身体の包容が緩んでローの顔が上から降りてくる。
フッと音もなく口付けをされて脳がポヤポヤとしてきた。
羽が生えた感覚とはこの事か。
何度かキスはされているが、好きだと自覚して告白した後は別次元の代物らしい。
甘い雰囲気が甲板に漂い始めた頃、ローが突然身体を離して踵を返す。
中へ通じる扉に向かうローに目を点にしていると徐に彼はドアノブへ手を掛けて一気に引く。
−−ドサドサドサアアア!!
雪崩を起こしたのは人と言う山だった。
船員達は崩れた体制のまま口々に「やべっ」「良いところだったのに……」「ハッピーエンドじゃね?」と言う。
その騒動に更に目をパチパチとしていると、それが覗いていたからこうなっているのだと理解していく。
「お前等……さては見張りが告げ口したな?」
「いや!船長!違うんです。邪魔するつもりなんて微塵もなくっ」
「ただ何エンドになるのかなーって……」
「俺ら船長押しっすから!」
よく分からない言葉も混じって恥ずかしさが頂点となりポン、と音がして羊へと転じる。
穴があるならば、入りたい。
一体どこら辺から見られていたのかなど最早どうでもいい。
「メェ!メェ〜!」
帆の柱へと隠れると話し声が次々と増えていく。
「船長良かったですね!」
「明日は赤飯で決まりっす!」
「それは赤ん坊の時だろ馬鹿!」
「むふふ、二人とも明日は話題の中心ですねェ」
「明日は待ち切れんだろ!今日の夜からだ!」
「よし!そうと決まれば!」
「おい」
盛り上がり始める熱に一滴の冷や水が落とされる。
そんな幻聴が聞こえ、甲板は先程の燃え上がりが嘘の様に鎮火していた。
「あとちょっとでベッドインだった」
そう言って刀を手にするロー。
何を言ってるんだ、と端で鳴く。
「それを、お前等は……!」
ぎゃあアアアア!と叫びがこだまする甲板で行く末を見ていたリーシャは、いつもの事だと賑やかさに羊のまま笑う。
悪魔の身を食べたり海賊に浚われたりしたけれど、毎日笑っていられるこんな人生も、悪くない。
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