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−−コポコポコポコポ……。

何かの動物の口から常にお湯が流れてきている音を聞きながら初めての温泉宿の風呂を堪能していた。
少し熱めなのがミソなのだと言われたのだが、いかせん熱い。
普段の温度とは三度以上は違うだろう体感温度に、もう限界だと腰を上げる。
今日の夜と明日も入ろうと決めて脱衣場に向かう。
着替えて廊下に出ると自動販売機の横に設置されているソファにローの姿を見つけた。
彼はこちらの存在に気付くと立ち上がり、財布を取り出して小銭を入れる。
ボタンを一回押すとガコン、と音がして取り出すとこちらにやってきてそれをリーシャに差し出してきた。

「このフルーツ牛乳いけるぞ」

「へえ」

受け取り、プルタブを空けて喉に流し込む。

「あ、おいし、」

つい本音を口にしかけてギク、となり上をちらりと向くと、だろ?と得意げに顔をニヤつかせる男。
しまったと思うのは後の祭りで、つけ上がった相手はリーシャに浴衣のポケットから何かを取り出して差し出してくる。

「温泉饅頭(まんじゅう)だ。後で部屋で食おうぜ」

いつのまに購入していたのだろうか、と思ったが、初めて食べるものには抵抗しない主義のリーシャは頷いた。
そろそろご飯の時間だと思い、指定された場所まで向かうとバスガイドが紙を挟んだボード片手に佇んでいて、ここだと確信する。
声を掛ける前に、彼女は心得た動きでトラファルガーの名字とリーシャの名字を示して笑顔を向けてきた。
やはり、自分たちは結構記憶に残るらしい。
納得するには、したくない事実に溜め息を吐き出しながら言われた番号の席に座る。
既に人で賑わう場所は美味しそうな香りでお腹を刺激するには十分で、目の前にあるグツグツと煮られている鍋の蓋を開けて聴覚と視覚を満たす。
ローも楽しそうに箸を持ち、食べ物に手を付けていくので、この時だけはローの誕生日の提案に悪くないと思った。





ご飯を食べ終えて満腹感を得ながら部屋に戻ると、ローが早速にと温泉饅頭(まんじゅう)を取り出して中身を開け出す。

「お土産じゃないのそれ」

「土産は別に買うからこれは今用」

それならいいか、と思いながら彼の動作を見ていると中身を出したローがこっちに差し出してきた。
受け取り包装を解くと美味しそうな茶色い物が現れる。
パクリと食べるとあんこと砂糖の甘みでほろりとした食感に舌鼓を打つ。
もぐもぐと咀嚼していると、視線を感じたので上を向くとローがこちらを観察するように見ていた。
何なんだ、と怪訝な目を向けると「美味いか?」と聞かれ「美味しいけど……」と答える。
答えに満足したらしい彼はそうか、と言うと自身も饅頭を口にした。

(なんであんなに嬉しそうに笑えるの?)

美味しいと口にしただけだし、無愛想な顔だし、声も何の感情も無く言ったのに。
ローが何故そこまでこちらに好意を感じられるのか、全く理解出来なかった。
饅頭も鱈腹(たらふく)食べて完全にお腹が一杯になると、次は眠たくなってくる。
慣れないバス旅行と相俟(あいま)って疲れが出た様だ。
目を擦りかけると、その手を掴む中学生。
突然の事に何、と問えば「擦るのは駄目だ」と言われてしまう。
そうして、相手は立ち上がり隣にある寝室に移動すると、襖から徐に布団を取り出して一気に敷いていく。
それを二つ完成させるとほら、と言いリーシャを呼んでここで寝ろ、と述べるので立ち上がって布団の前で止まる。

「近過ぎる」

「目の錯覚だ。疲れてるんだろ」

明らかに二つの境界線が合わさっている。
それを指摘してもシレッと言い放つ相手にこめかみが疼く。
離させようと布団を動かすと、そそくさと寝入る。
眼を閉じているとズッと引き摺る音がして、バサッと布団が捲れる音に嫌な予感がして顔を後ろに動かした。

「ち、か、い」

「目の錯覚だ」

布団をピッタリと合わせ直しているし、おまけに顔も近い。
真ん中に寝る事を普通とするならば彼はリーシャの方に身体を寄せ過ぎだ。
もう言うのもしんどくなってきたので諦めて眼を閉じる事にした。
すると、手に柔らかな物が触れてきて、それは指先に絡み付いてきたので振り払おうとする。
離れない物の元凶へと文句を言う。

「何勝手に繋いできてんの」

苛々する中でローはいいだろ、と何故か猫撫で声で言ってくる。
何がいいだろ、だ。

「いいわけない。離せ」

「人肌が恋しいんだ」

「もう子供じゃないでしょう」

そう言うと彼は目を閉じて寝始めたので、まだ話しは終わってないと言おうとしたが、言い続けたとして終わらないであろうものに費やするエネルギーも残っていない。
溜息を一つ吐いて睡魔に身を委ねる事にした。


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