03
言葉遣いを訂正するように言うと、
「おまえがそう言うなら」
こういう所は本当に素直だ。
「けっきょく今日はなににすんだ?」
「……味噌汁と白ご飯」
「てんけいてき過ぎていいな、それ」
「典型的……殴るぞ」
「おまえにならかまわない」
「…………………さて、作ろ」
今の幻聴はきっと空耳だと解釈して味噌汁とご飯と卵焼きを焼いた。
ローの読みは外れて包丁で指を切ることも火傷もないまま席に座る。
二人分のご飯を用意したのは…………気まぐれだ。
しかし、嬉しそうに頬を緩めてご機嫌に食べる姿はやはり子供。
美味しいかと聞いていないのに、
「うまいな、リーシャのご飯は」
「そ」
簡潔に応えるとリーシャももそもそと食べる。
休日は平均的に一時間程かけてのんびり食べる方だ。
ローも時折こちらを窺うと皿を交互に見て同じペースで食べていた。
「早く食べたいんなら食べればいいのに」
「おまえと時間をきょうゆーしたいだけだ」
「………………一体どこでそんな台詞を覚えてくんの」
「本とかテレビ、インターネット」
「わざわざ?」
「おまえと居るには対等なちしきとほうようりょくが不可欠だからな」
「私一度もそんな事頼んだことないけど」
「おれたちは年がはなれてるから、目線を合わせるには必要なことだ」
「背伸びしても良いことないのに……ったく」
「おまえといられれば、苦痛でも何でもねぇ」
澄ました顔で断言するローに箸を止めるともう一度溜息をついた。
「何かテレビ見たいのある?」
「リーシャが見たいのでいい」
「あのねぇ……ああ、もうわかった。ローが見たいのが見たい。これでいい?」
「……………今からはじまる『ミクロの世界』が見たい」
「かけるしね」
「ん」
頷く姿を見遣るとテレビのチャンネルリモコンを手に取ってニュースから違うチャンネルに切り替えた。
テレビが終わると静かに鎮座していたローが唐突に提案を述べてきた。
今度テストがある下りから百点の単語を最後に頼みたいことがあると乗り出してくるので嫌な予感をひしひしと感じながら条件を聞けば百点を取ったら褒美が欲しいとねだってきたので思わず目を丸くした。
「ローが頼んでくるなんて……それはお母さんの役目だと思うけど」
「本当に欲しいものはおまえしかもってない」
(私しか持ってないもの……?なにそれ)
「だから次のテストで百点を取る」
「私まだ何も言ってない……高いものは無理だから」
「だいじょーぶだ。価値はあるがお金はひつようない」
(ますますわからない……まぁ、たまには年上らしくしてみよっかな)
なんて、甘い考えで予想していた事を激しく後悔することになるのだが。
頷いた翌日、テストの日にローが帰ってきて早速百点にハナマルを付けられた用紙を見せにきた。
漢字テストだったようで見事に誤字がない答案に内心頭が良いんだなと感心するが、次の一言で昨日の約束を持ち出され思い出す。
「で、欲しいものって何?」
「約束したんだから絶対にくれるよな」
「うん……まぁ」
改めて確認され二言はないと言えばローは紅潮した頬をこちらに向けて先に準備するから待っていて欲しいと少し早口で喋ると一旦自分の家へ帰っていく。
何だろうと疑問を漂わせたまま適当にソファで待っていると口をもごもごさせた小さな頬があった。
「何食べてんの?飴?」
「ああ」
手を片方ポケットに入れたローは満足げに笑うとソファに座った。
そして、先に渡したいものがあるから目を閉じてほしいと言われたので可愛いところもあるじゃんとすぐに瞼を降ろす。
ガリガリと飴を噛む音が耳に聞こえ太ももに一人分の体重が乗るのを感じた。
「おまえのポケットに入れるからまだ開けたらだめだぞ」
「はいはい」
仕方ないと緩む口元を感じると肩に手が触れる感触がした。
ふわりと鼻孔を擽(くすぐ)ったのはレモンの香りで甘ったるい。
ポケットに何かが入ると次は唇にやわらかい、何かが押し当てられた。
「んっ!」
咄嗟に目を見開くとローのぼやけた輪郭が見え、キスされているんだとすぐに理解すると肩を押して離させる。
唖然としているとローはペロッと唇を舐めて一言。
「初ちゅーはレモン味にしといた」
「っっ!なななな」
「リーシャのくちびるが欲しかった。約束はまもるんだろ?」
「…………………!!」
この時、初めてしてやられたと思った。
恐らく自分が思っていたよりもローが賢いことも。
レモン味の飴を予め用意していたことも目を閉じてほしいと言ったことも、全ては彼の思い通りだったわけだ。
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