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ならば蜜柑が有るか無いかを聞いてきた事自体が確信犯だったわけだ。
抜かりのない話術に、また舌を巻く。
「食べていーぞ。食べるためにもってきたんだ」
尤もなことを言うローにリーシャはサッと蜜柑を手に取る。
今回は気が利くと内心、ローをこっそり褒めた。
ニヤニヤと笑みを浮かべる彼を無視して蜜柑を剥く。
柑橘系の香りが鼻を通ると、これぞ冬だと果実の甘味に舌鼓(したつづみ)を打った。
何故こうもトラファルガー家はリーシャをイベントに強制参加させるのか。
(……………もーいい加減遠慮ってものを知って欲しい)
「もう一回繰り返して」
「だから、あしたはしょーがっこうのじゆうさんかんびだって言った」
「それが、どう私に関係してるわけ」
「これ、おやから」
ピッと一枚の用紙を渡され眺めると『自由参観日のお知らせ』とデジャヴュを思わせる内容。
「それが……………どーして、私に……関係あるわけ……………?」
「だから……そのかみに書いてあるだろ――」
「見えない、どこにあんの紙なんて……私も持ってないし」
「もってるだ――」
「見えない………って言ったはずなんだけど」
「……………………」
「話は終わり?じゃ、早く家に帰って」
話は終了だと家から追い払う仕草をするとローが無言で俯いたのが見えた。
泣くのかと思えば彼の口から出されたのは泣き言ではなく攻め落とす言葉。
「おれはな、リーシャ。にゅーがくしきのいちどしかおやがさんかんびに来たことがねーんだ」
「……………………へぇ」
「ずっとひとりだけおやがこなくて、来るわけねーのに後ろをみてはまえを向くことしかできなかったんだぞ。やっとおまえがさんかんびやうんどうかいにきてくれるってしったとき、おれはどう思ったかしってるか?」
ローはリーシャの返事を聞く前に答える。
「さみしくてさみしくてまいにちまいにちいてほしかっただれかがやっとあらわれたって――すげーうれしかった」
「………………!」
「だから、こんかいも……できるならずっとさみしい思いはしなくていいんだって……ガラにもなくまいあがってるんだぞ、おれは」
ローはいつもの狡猾なものではない悲しげな表情で言うので、リーシャはまるで自分の過去と重なる切ない声にドキリとした。
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