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絶句したのは言うまでもない。
痛いから怪我をしたくないというのには賛同するがリーシャは中学生だからで、ローは小学生なのに痛い事を避けるのは如何なものか。
否、確かに避ける事は賢い事だが――何故か釈然としない。
リーシャとて小学生の時は傷を作りながらも一輪車や自転車を練習した。
痛いからといって手を離した瞬間に意図的に止めるとは。
心を出来るだけ無にしながら再び自転車を押す作業。
次に課せられた至難は『本』だった。
ローからの数少ない頼み事があって、それが『桃太郎』を読んで欲しいとの要望。
普段、そんな事をしない為にぎこちない口調と声で読み聞かせると最後に思いのたけをぶつけられた。
「なんでえたいのしれねーモモを食べようとしたのかわからない」
「きんぴんはもともとむらびとのものなのにな」
等、言ってはいけない暗黙の了解を尽くぶち破るローはリアリストだと改めて思った。
今日は家にやってきたローが後ろ手に何かを隠してこちらへゆっくりとやってきた。
何だろうと目線を下にすると差し出された手紙。
「ラブレター」
「………………何?」
「………………うそだ。いや、やっぱりうそじゃねぇ」
こちらが凄む様に聞き返すとローは学校で日頃お世話になっている人に手紙を書く授業があったのだと説明しだす。
成る程と納得して再度手紙の宛名を見ると『リーシャへ』と書いてある。
「私に?手紙を?」
「ああ。ちょっと早いけど、やる」
何が早いのか分からないまま受け取るとローはサッと部屋の扉へ向かう。
「おれがとなりに行くまであけんなよ」
「はいはい」
真ん前で封を開けられたくないのか彼は素早く隣室に行ってしまう。
内心、子供らしいところがあるんだと感じた。
ローが去った気配に封筒を開けると一枚の紙が折り畳んで入れられていた。
カサッと音を立てて左右に紙を広げれば小学生の字にしては漢字が書かれているという、何とも違和感のある文面に苦笑。
内容は日頃の感謝とこれからも、という丁寧な文章だった。
最後に受け取ってくれと書かれた内容にハテナが浮かび、もう一度封筒を見ると中にもう一枚入っていたので首を傾げる。
「何これ……?」
四回折られた紙を広げるとリーシャは硬直した。
『婚姻届』――
の用紙が入っていた。
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