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時間は進む。
時代の渦に巻き込まれ、存在すらなくなってしまうもの。
時間というものは大切で、それと同時に儚い。
止める術さえないのだから。
「あ、ローくん。誰か来たみたいだから玄関に出てもらっていい?」
「ん」
昼食の準備をしているリーシャにローが短く答える。
「嫌な予感がする……」
「嫌な予感って?」
「今にわかる」
ローは読んでいた本を閉じて立ち上がりのっそりと玄関へと向かった後、しばらくすると幼なじみの他に聞き慣れた声が。
「やっぱりお前らか……帰れ」
「そんな!ロー様のために腕を振るって料理を作ってきましたのに!」
「そうだぜトラファルガー!リーシャとなんてずりィ、じゃなくて……別に食べにくるくらいいいだろーが!」
アリシアとテッドが騒がしく部屋に入ってきて、いつものメンバーにリーシャはにこやかに出迎えた。
「いらっしゃい」
「あ、おおお、おじゃましてます……!!」
「あら、いらしたの?知りませんでしたわ」
全く正反対の反応にローの眉間のシワは更に増える。
「アリシア。リーシャをけなすな」
「ロ、ロー様……すいませんでしたわ」
ローに咎められアリシアは力無くうなだれる。
それにリーシャがまぁまぁ、と二人を諭す。
せっかく遊びにきてくれたのに雰囲気を悪くしてはテッドにも悪い。
「お昼ご飯食べよっか」
「リーシャの手料理か?」
「うん。ほらほら、アリシアちゃんもローくんも席に座って」
今だ蛇に睨まれた蛙の二人にリーシャは促すとローは不機嫌になりながら椅子に座りアリシアも俯きながらとぼとぼと椅子に腰を降ろした。
嫌な空気を変えようとリーシャはてきぱきと料理を運び、テッドも動かないローの代わりにいそいそと準備を手伝う。
「さ、食べよう。いただきます」
「いただきます!」
「いただきます……」
ぽつりと呟くように手を合わせるアリシア。
ローは無言で料理を食べる。
「そういえば、アリシアちゃんももうすぐ誕生日だよね?」
「そうですわ。ぜひロー様にも来てほしくて今日はきましたの」
なんとなく立ち直ったアリシアが顔を綻ばせてローを見る。
「行かねェよ」
「そんな……ロー様の為にとっおきの料理を用意いたしますのに……」
彼のズバリと矢が刺さるような物言いにアリシアはまたもやシュンとうなだれるがそれにローは気にせずに口に食べ物を運びリーシャとテッドは微妙な空気に口を開けないでいた。
(何年経ってもこの関係は変わらないか……)
仕方ないと諦める他ない。
これだけはローしか決める権利がないのでリーシャはただ側で成り行きを見守る。
「わかりましたわ……」
やけにすんなりと引き下がるアリシアに三人は微かな引っ掛かりを覚えるが口を出せない。
「押してダメなら引いてみろ、と本に書いてありましたし……」
「おい、何の本だ……?」
アリシアの独り言にしては大きい呟きにテッドが反応を示すと彼女はキョトンとして何でもないように答えた。
「『恋の手引書』ですわ。なかなか実践的なことが詳しく書かれていますの」
「そ、そーか……」
テッドは口元を引き攣らせ、ローは呆れた表情を浮かべる。
「俺がそんな本なんかに惑わされるとでも思ってんのか……」
「もちろんですわ!」
「お前、幸せだな」
テッドがアリシアに生暖かい目で投げ掛けるがアリシアはわけがわからないとテッドを睨む。
「何をおっしゃっているの?」
「トラファルガー以外の奴の態度が全然違うなってことだよ」
どんどん面倒臭くなってきたのか、テッドは話をすり替えた。
「ロー様は特別ですもの」
「………」
テッドはもはや、返事すら返す気がなくなったようだ。
ローは黙々と食べていて、リーシャもアリシアとテッドの会話を聞きながら食を進める。
「俺が誕生日会に行ってやろうか?」
「え?」
以外な人物からの言葉にアリシアは目を見開いたがテッドは憐れみの目を向けたまま続ける。
「お前友達少なそうだしな」
「な!失礼ですわよっ!」
ダン!とテーブルを叩くアリシア。
ローが手を止めて口を開く。
「静かにできねェなら帰れ」
「ごめんなさい……静かにしますわ」
と、言いつつテッドを恨めしく睨みつけるアリシア。
それはまさに「覚えてなさいよ」と言っていた。
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