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「昔、俺には攫いてェと思う奴がいた。もちろん人攫いって意味じゃねェ」
「大切な人ですか?」
脈絡もない話をされ、戸惑ったが話を聞いた方がいいかもしれないと思った。
何故かはわからない。
でも、ロイドの瞳は悲しさの色が浮かんでいた。
聞かなくてはいけないと思ったのだ。
「そうだな、ずっと一緒だった」
「だった?」
過去形の言葉にリーシャはひっかかる。
「まァ語弊があるが、そいつはな、どこかへ行きそうで繋ぎ止めたかったんだ」
「攫ったんですか?」
「攫った。けど攫えなかった」
彼の言い回しにちんぷんかんぷんなリーシャ。
ロイドはフッと笑みを浮かべリーシャを横目に見た。
「攫ったつもりでも、結局は繋ぎ止めておくことにはならなかった、ってことだ」
「じゃあ……」
「ここからは俺とあいつの秘密だ」
「え、ここまで話したのに?」
「聞いてもらいたかったのはここまでだからな」
意地悪な笑みを浮かべるロイドにリーシャはむー、と唇を結ぶが諦めてため息を付いた。
「まぁ思い出は貴方だけのものですから、仕方ないですよね」
リーシャの潔い言葉にロイドは目を見開いて驚いていた。
「成る程な、確かにそうだったわけだ……」
ロイドは独り言のように呟き、納得がいった表情をしていた。
「……?」
意味がわからないとロイドを見ていたが、ふいに彼がリーシャの方を向いた。
「お前と話せてよかった。俺はもう行く、元気でいろ」
「え、あ!」
呼び止めようとしたが、彼が遠目に手を掲げたので止める。
ロイドの去り際に海特有の塩の香りがした。
(結局誰だったんだろ……)
不思議な雰囲気を纏うロイド。
堅気ではない人。
今思えば、ロイドという名前も偽名かもしれない。
でも昔の事を語る瞳は憂いに満ちていた。
「ジェイドさんじゃなくて、私に会いにきたのかな?」
もしかして、そうだったのかもしれないと感じた。
なんとなく、そう思った。
(ジェイドさんにはまだ伝えないでおこう)
胸に閉まっておくことにした。
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