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ローに海に出る話をされてからリーシャは無意識にその手の話を避けていた。
「お前を、連れて行きたい」
ここで「お前も来ないか」と誘わない辺りローらしい。
その分、胸が凄く締め付けられた。
「ど、したの?いきなり」
「いきなりじゃねェ」
この会話は前にした覚えがある。
あの、堪え難い熱っぽい視線を受けた時だ。
「わた、し……は−−」
リーシャの答えは最初から決まっていた。
この世界に来た時から、ずっと。
「行けない、よ」
リーシャの答えにローは視線を外すなどの行為をしなかった。
今思えば、それはとっくに彼の心が答えを導き出していたのだと思う。
「お前は知ってるか?」
「え?」
突然、返事を返したはずの反応が合っていない事を言われて呆然とする。
「俺が何を思うか」
「ロー、くん?」
その琥珀色の瞳は虚ろに光っていた。
嗚呼、私はこの目をどこかで見た事があるとリーシャは他人事のように思った。
「俺が知らなくて、お前も知らない……なァ」
そんな言葉にくらくらと眩暈じみた感覚を覚える。
リーシャがそう思うと同時にローが視界の隅で動くのが見えた。
「赦してくれなくていい」
そう聞こえた刹那、口元を覆う感触と薬品の匂いが鼻を掠めた。
(こ、れ)
薬品名を思い出す前に視界がぼやけた。
力の抜ける身体がローによって受け止められる。
「ぁ……」
微かに口が動いたが、もはや思考は何も考えつかない。
ローがどんな表情でリーシャを見ているのかさえ、わからなかった。
リーシャが瞳を閉じ、深い眠りについた事を確認したローは浅い呼吸を繰り返した。
サラリと顔に落ちたリーシャの髪を退かす。
「結局、鎖に繋ぐのと変わんねェな」
渇いた声にもう、何の感情も見える事はなかった。
「あれ?リーシャ寝てる?」
「そうみてェだな。ベポ、出航の準備をすぐに始めるぞ」
何も知らない白熊にそう指示する。
ベポは目を何回かしばたかせた後、笑顔で小走りになって動いた。
出航の準備はほぼ済ませたので、すぐに船は故郷を離れた。
しかし、この時それを見送る一つの影があった事は誰も知らないだろう。
「全く……無理矢理乗せるなんて……ロー、お前はいずれ後悔するかもしれないね」
言葉とは裏腹に男は楽しそうに嬉しそうに笑った。
「ふふ……お前達はずっと自慢の家族だよ……いってらっしゃい私の子ども達」
白い白衣がはためく中、優しい眼差しの男は船が見えなくなるまで愛おしげに地平線を見詰めていた。
旅立ちの真相は父子のみぞ知る
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