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『海に出ることにした』

−−あの衝撃な言葉から数日間、リーシャはずっと何をしても頭から離れなかった。
グツグツと煮たつ鍋の音だけで、今家にはリーシャ一人しかいない。
ローはベポを連れて森へと修行をしに行ったし、ジェイドは医者としての仕事をしに町に出ていた。
今日の夕飯の仕込みをしている最中でも考えが頭を巡る。
ローの決心にリーシャはその時「そっか」としか言えなかった。
他に返事なんて考え付かなかったのに、どう答えれば良かったのだろうか。
ローは何を思ってリーシャに打ち明けたのだろうか。
寂しい気持ちと曖昧な感情。
この世界に来て、もう随分と時間が経った。
そんな今、ローの言葉に海賊になるのだとすぐに理解できた。
ずっとずっと前からわかっていたのに、いざ目の前に現実が現れると直視できない。
付いて行きたい気持ちがあるかと聞かれれば答えに困る。
リーシャが付いていってもらえるかは別として、問題はそんな簡単ではないのだ。

(私は部外者……だから駄目……関わっちゃいけない)

リーシャの元いた世界に戻らなければ。
ロー達の世界に干渉しては駄目だ。
心の内に秘めていた思いが再び溢れた。
昔から夜空を無意識に見てしまう自分がいて。
きっと帰らなければと感じているのかもしれない。
義務でも責任感でもない。
ワンピースの世界にいるべき人間ではないとわかっているのだ。
リーシャの存在がどんな影響をもたらすか、もたらさないか全くわからない。
だからこそ、これ以上長居してしまった事が不安で堪らなかった。

(ローくん……私は)

もし、仮にローがリーシャに手を差し出しても。
そう考え再び鍋へと意識を戻した。



***



「なんだ親父、話って」

「まぁ座りなさい」

ジェイドに朝方呼び止められ、昼時に診療所に来るように言われた。
珍しいと思いながら来てみると医務室の椅子に座る姿で向かい入れられた。

「ロー、どうして私がお前を呼んだかわかるかい?」

神妙な表情で語りかけてくる父親に何となく気付いていた。

「リーシャの前じゃ、聞けない事だよな?」

「さすがだね。そうだよ」

ジェイドは微笑を浮かべて首を縦に振る。

「もしかしたら、その内容もお前はわかっているかもしれないね」

(当然だ)

ローは軽く頷いた。
それを見たジェイドも決心したように切り出す。

「もうすぐ、出て行くんだね」

その一言が、何故だか胸にジワジワと染み込むように感じた。
ローにとっては一世一代の事だが、父親にとっては独り立ち、又は巣立ちと何ら変わらないだろう。

「薄々、いずれそんな日が来るとわかっていたよ」

ジェイドは医者の仕事で忙しくしているが、見る所は見ている。

「止めるか?」

ローが試す様に問えば、彼は首をゆるりと横に動かす。

「リーシャちゃんはどうするつもりだい?」

「あいつは……正直迷ってる」

「それは意外だね」

無理矢理連れて行きたい気持ちが先走っていることは認めるものの、ジェイドの言葉には空気を持っていかれそうで内心溜息をつく。

「相変わらずだな」

「何がだい?」

くすくすと全く不快に思わない声にローは反論することを諦めた。

「あの子にも選択肢をあげるべきだと思うよ」

「選択肢、って二つに一つじゃねェか」

「それが選択肢というものだよ」

ジェイドは見透かす様な瞳で微笑む。
ローは結局、答える事はしなかった。



***



「リーシャリーシャ!」

「ん?」

ベポに肩を叩かれて後ろを振り返る。

「あのね、リーシャだけに教えてあげる!」

昔、この世界に来たばかりの時に拾った白熊がニコッと人懐っこく笑う。
今は裕にリーシャの背を越えて人間二人分程の大きさになった。
昔に比べると、一人前と言っても過言ではない程で言葉も動作もなんでもできるようになった―――だが、ある問題が生じたのだ。

『喋る熊だ!化け物だ!』

『歩いてるぞ!』

悪意ない、悪意あるは関係ない言葉を子供が純粋なベポに突き刺したのだ。
それ以来、その出来事がトラウマとなって白熊である彼が人間に好奇の目や声を投げ掛けられる度に「すいません」としょげるようになった。
流石に大人達はジェイドの家に住む家族として公言されているから表立って言わない。
けれども、影で囁き合っている。
それがどれだけベポを傷付けているのかは人間であるリーシャ達には到底計り知れないだろう。

「何を教えてくれるの?」

昔の記憶を心の引き出しに仕舞いながら尋ねる。

「船造ったんだ!」

「船?……航海の?」

ベポのはにかんだ笑顔が更に実感を湧かせた。
もうすぐローがこの家から出て行く事を。

「うん。後は出発準備だけなんだ」

「そ、そう」

曖昧に笑って見せる事しかできなかった。
上手く笑えない。

「それと、海賊団の名前は−−」

「ベポ」

テノールの声に心臓がこれみよがしにドクリと波打った。

「あ、キャプテン。帰ってきたの?」

「ああ。お前、ツナギを出しっぱなしにしてるぞ」

「忘れてた。リーシャ、また後でな!」

ベポが足早に部屋を出ていく。
よって、この部屋にはリーシャとローの二人切り。

「お帰りローくん」

「ただいま」

いつもの会話がとても重い。
次に出るはずの言葉が出なかった。

(いつもみたいに、話題を出せばいいのに)

普通になんて出来っこない。

「リーシャ」

「っ−−な、何?」

思わず吃ってしまって焦る。

「お前にもう一つ言いてェ事がある」

「あっ……海に、出る……事?」

上手く呂律が回らなかった。



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