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ケホケホと咳を繰り返すリーシャの声が家に響く。
「三七.八度。風邪だな」
昔の体温計さながらの水銀が入っている棒を左右に揺らしながら坦々と告げるローにリーシャは怠い体を横にずらす。
自分が十九歳の時は全く風邪なんて知らない体質だったのに、と幼児体型になった体をことごとく実感する。
「死ぬの?」
精神的にもバテバテで、今まで体験したことのない体の熱さに不吉な考えが過ぎり口に出せばローは呆れたように言った。
「風邪くらいで死ぬわけないだろ。薬飲んだら寝ろよ」
と常備薬と水をリーシャに渡してくるが怠くて頭も痛くて動けない。
そんな様子に気がつきローは考えるようにこちらを見ると薬と水を彼は飲んだ。
「ロー、くん……?」
何をしているのだと口を開く前に、リーシャの唇とローの唇がくっついた。
「んうっ!」
何事だと感じたが、すぐにもしかして、とローの考えたことがわかった。
「はぁっ……口移し……?」
「はっ……自分じゃ飲めないだろ?」
ローも息が上がっていて、慣れない仕草でまた口移しでリーシャに飲ませる。
いくら彼の年齢でもリーシャは恥ずかしくて目をつぶってやり過ごすしかないと感じ、眠気が早くこないかとこれほどまでに願ったことはなかった。
***
それから数日後、あの風邪が嘘のように元気になった。
「のは、いいんだけどね……」
苦笑いやら気まずい表情でベッドに目を向ければ、数日前のリーシャと同じように頬を赤くして少し苦しそうに息をするロー。
もうそれは、定番というかベタな展開で……リーシャの風邪がローに移ったのだ。
「早く口移しで飲ませろ」
「さっきからそればっかりだよ……」
困ったことに、リーシャにそう要求してくる。
さすがにリーシャには無理だ、と感じているのだがローがそうしなければ薬を「飲まない」と、珍しく我が儘を言っているのだ。
でも、そんな我が儘でも弱っている時に言われるとキュンとくる。
「い、一回だけなら、いいよ……!」
勇気を出してそう言えばローはコクンと嬉しそうに頷いて今か今か、とリーシャを子犬の瞳で見てくる。
そしていざ水を飲もうとコップを掴んだ時、出張中だったジェイドの帰宅した声によって、口移しは難を逃れたのだった。
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